34-2
夕方になって、ようやく憲兵たちが別の現場へ移動した。
「うぅっ……いたいよぉっ」
木箱の物陰から這い出しながら、腰に手を当てて涙をこぼした。同じ体勢で何時間も過ごしたせいで、腰が悲鳴を上げ、足は痺れて感覚もない。
それでも立ち上がれたのは、早くここから出たいという一心のおかげだろうか…。
一方のオズは、ケロッとした顔で木箱から出てきた。体のどこも痛くないらしい。人間の造りが違うんだろうなと、半ば本気で思った。
「鑑識が骨を並べていた様子からして、木箱の中に無造作に入れられていたんだろう」
早くも現場へ向かいながら、オズが独り言のように言う。軽い足取りで歩く彼の後ろを、引きずるように足を動かしながらついていった。
「やはり、肉片も血もない……白骨化した後に入れられたとすれば、ここは遺棄場所に過ぎない。殺害現場は別だな」
「な、なんでそんな平気な顔で見られるの……」
木箱の中を覗き込むオズの隣で、目を手で塞ぎながら遠くからそう返す。声がわずかに震えていた。だがオズはそれを気にする様子もなく、木箱の内側に視線を凝らしたまま、不意に目を見開いた。
「——土?」
「……え?」
手を下ろして、恐る恐る近寄った。
「つ、土? 何のこと?」
「よく見ろ。内側の板に土が付着している」
躊躇いながら木箱の中に顔を覗かせると——彼の指が差す箇所に、確かに土の塊がこびりついていた。小さいが、確実にそこにある。
「白骨遺体があれだけ綺麗なのに、土があるのはおかしい」
「け、けど……荷物の汚れが移っただけじゃ——」
「ここは加工食品の貯蔵倉庫だ。衛生管理が徹底されているはずだろう。内側にこれがあるのは、明らかに不自然だ」
「——あ」
言われた瞬間、腑に落ちた。
オズはコートの懐から小さな小袋とゴム手袋、そして細いピンセットが収まったポーチを取り出して、土の塊を丁寧に採取して袋に収めた。その一連の動作が、恐ろしく手馴れていた。
「……よ、用意がいいね」
「こういうこともあろうかと」
「こういうことって、中々ないと思うけど……」
引き攣った笑みを浮かべながらそう返すと、彼は肩をすくめた。小袋を夕日にかざして目を細め、しばらく黙ってから短く言った。
「……ガーデニング用の土だな」
「え——わかるの?」
「ホーソーン地区の石畳だらけの街に、こんな土はない。誰かが外から持ち込んだものだ」
小袋をコートの中に仕舞いながら、オズは踵を返した。夕日が倉庫の窓から差し込んで、くすんだ金色の髪を赤く染めている。
「持ち帰って調べる。確証が取れたら——クイーンズ・ヘイブンの中庭を案内してくれ」
「……へ?」
足が止まった。
「な、なんでうちの中庭なの? 中庭がある娼館は他にも——」
振り返ると、オズがまっすぐこちらを見ていた。いつもの飄々とした表情ではない。何かを慎重に測るような、冷たい目だった。
「……マティア」
静かな声だった。
「僕は、犯人がクイーンズ・ヘイブンの中にいると考えている」
空気が変わった。
倉庫の中が、すっと冷える。壁を染める夕日の赤だけが、やけに鮮明だった。オズの深緑色の瞳が、揺れることなくこちらを見据えている。
今日一日で、何度息を止めただろう。
答えを知っている。知っているから——直視できなかった。
私はただ、その瞳の前で言葉を失くしていた。




