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——かひゅっ。
その言葉を聞いた途端、予想外の出来事に喉がひくりと鳴り、反射的に息を呑んだ。
体の体温が一気に下がり、嫌な汗がだらだらと流れる。先ほどときめきで高鳴っていた心臓が、今は別の意味で強く脈打っていた。
自分の呼吸音がはっきりと鼓膜に響く。見開かれた瞳が揺れながら、目の前で確信に満ちた表情を浮かべる彼の姿をただ捉えた。琥珀色の瞳を細めて、こちらを見据えている。
「………な、なんのことやら」
表情を隠すように被っていたフードを両手で掴んで深く被ると、顔を逸らした。その瞬間、彼の琥珀色の瞳がさらに冷たくなる。
「なんのことやらって顔じゃねぇんだよなぁ」
そう言って彼は笑みを浮かべたが、目は全然笑っていない。すると、軽く着崩された制服のポケットから複数の手紙が取り出された。
——それを目にした瞬間、心臓が凍る音がした。
「えー、何々? 愛おしいセドリック・ウィダシンズ様……」
彼は手紙を読み上げ始めた。
『はじめまして、この度は手紙を読んでくださってありがとうございます! この手紙を見つけたってことは……今体育の授業を終えたってことですよね?手紙と一緒にあなたの好きなドリンク飲料と手作りの蜂蜜漬けのレモンを机の中に置いておきました(照)
なんでこんなことするかって? ふふ、ひ・み・つです♡
あなたを愛するM.Pより♡』
『授業お疲れ様です。またまた、お手紙から失礼します(汗)! 今日はいつもより疲れていましたね……M.P心配です! そんなあなたのために手作りチョコを作ったのでそれを食べて元気を出してください♡ あ、けどその笑顔は私だけに……なんちゃって!⭐︎
あなたを愛するM.Pより♡
追伸: あ、先日の差し入れにちょっと媚薬入れましたけど、今回何も入っていませんから安心してくださいね!(汗汗)』
『こんにちは。今日は銀灰色の髪の女の人と仲良く話していましたね。誰ですか? 何で私がいるのに他の女の人と話すの? 副会長の人とも距離が近すぎます。あと、最近うちの学年の転入生の女の子にも目をつけているみたいですね? 許さない、許さない、許さない。どうして私を見てくれないの? 最近生徒会と称して裏で何か動いてますよね? 全部見ていますよ。あなたのことなら全部知っている。あなたの理解者は私だけなのに……許さない許さない許さない許さない許さない——……』
「……てな感じの手紙があと十通以上あるけど、全部読み上げようか?」
手紙の内容を三通読み上げ、確認するような軽い口調でそう言って口角を上げる。けれど、その目は私を逃さないと言わんばかりに冷たく見据えていた。
自分の唾を飲み込む音がはっきり聞こえる。
体中が小刻みに震えて、呼吸が浅くなった。先ほどよりも嫌な汗をだらだらとかいて溶けるような感覚を覚える。
つい視線をさらに逸らして引き攣った笑みを浮かべた。
「お、想いが詰まった素敵なラブレターですね」
「恋文という名の脅迫状の間違いだろ」
彼の冷静なツッコミにビクッと体を震わせると、視線を彷徨わせた。言葉が出てこない。心臓がバクバクと嫌な音を立てると、呼吸がさらに浅くなって過呼吸になりかけた。
「はぁ……はぁ……け、けど……と、匿名だったんですよね? 私の可能性は低いんじゃ……」
「うん、誤魔化すつもりなら手紙の裏に自分の名前が答えになる暗号を書くのやめようか」
「ぎぃゃ——っ‼︎」
も、もう逃げ場がないっ。
顔が熱を吹き出しそうなぐらい羞恥心で真っ赤になると、体が反射的にソファから飛び跳ね、奇声を上げながら生徒会室の冷たい床をゴロゴロと転げ回った。
「あー‼︎ 違うんです! 告白するなんて恐れ多いから、せめて遠くからでも会長を見守ろうと思っていたんです! そしたら自分を知って欲しい欲が出ちゃって暗号を……」
真実が口から勝手に溢れ出る。目頭が熱くなって、床をゴロゴロ転がりながら涙をポロポロこぼした。
「うわーん! 一ヶ月ぐらいかかって無茶苦茶考えたのにー!」
「素直でよろしい」
生暖かくも、どこか遠い目でこちらを見下ろす彼。何を考えているのか表情からはわからないが、明らかに憐れんでいる様子に、さらに激しく床を転げまわった。
「ひーん……ほんの出来心だったんですぅ……」
「ほんの出来心で手作り料理に媚薬混ぜたり、プレゼントに追跡用のジェム入れたり、俺の人形作って中に髪の毛入れるバカがどこにいるんだよ」
「ひーん」
今まで彼にやってきた所業が次々と明るみになっていく。もう床を転げ回る元気もないように、そのまま仰向けになって鼻水を垂らしながら嗚咽を漏らし、しくしくと泣き続けた。
「ぐすっ……えぐっ……ごめんなさいっ」
心のどこかで、これやばいんじゃないかって気はしてた。けど、会長とそういう妄想を繰り返していたら、いつの間にかあんな奇行に走っていた。
ああ、自分の衝動性が憎い。
「うーん、どうしよっかな〜。お前のせいでいつか背中から刺されるんじゃないかって気が気じゃなかったんだけど」
「私が今から刺されます」
「俺を殺人犯に仕立てないで」
わざとらしく肩をすくめて涙を浮かべるふりをする彼。これから起こる地獄を思うとそれどころじゃないのは分かってるけど、そんな会長も愛らしいと思った。
「下手したら、うちの風紀委員長のジャック・ドージャーにお前を引き渡さないといけないかもなー……学園はもちろん退学。今後の進路も路頭に迷うんじゃ……」
同情するようにこちらを見下ろして眉を下げる会長。また体温が一気にさーっと冷える感覚を覚えた。
脳裏にある女性の顔が浮かぶ。金色の艶やかな髪を揺らし、その金茶色のタレ目の瞳を細めて美しい笑顔を浮かべる彼女——。
過去の情景が鮮明に頭をよぎると、ものすごい速さで床から体を起こして咄嗟に彼の足に縋った。
「そ、それだけは! 私の命はいいですけど、将来をダメにすることだけはどうか‼︎」
「いや、何で将来ダメになるより、自分の命差し出す方はいいんだよ」
呆れた口調で若干引きながら彼がそう尋ねる。その言葉に涙で潤んでいる瞳をカッと開いて、声を上擦らせながらも普段そこまで出さない声を上げた。
「ま、周りに私の所業がバレてお世話になった人たちに迷惑をかけたくないんです! お、お願いします! なんでもしますから、ご慈悲をっ!」
——その言葉に、彼の眉がぴくっと動いた。
先ほどまで呆れたように自分を見下ろしていた瞳が、一瞬光った弧を描く。彼の口角が妖しく上がると……彼は意味深な声を上げた。
「……へぇ、なんでも?」
その言葉に思わず体が跳ねた。何か目論んでいるような笑みに僅かな警戒心を抱きながらも、その妖艶な笑みと甘い言葉から目が離せず、思わず見惚れて頬が赤くなる。咄嗟に顔を俯かせて、頭から落ちたフードをもう一度深く被り、人形を抱き抱えた。
「本当に何でもできるんだな?」
「は、はいっ。靴でも床でも何でも舐めます」
「それはいらない」
床に改めて座り直して、緊張したように体をこわばらせると、俯きながら彼の言葉を静かに待つ。彼を見上げなくても、また先ほどより妖艶な笑みを浮かべているような気がする……それを想像するだけで、胸が張り裂けそうなほどときめいた。
「じゃあ、一つお願いがあるんだけど……」
そう言って会長がもったいぶったように言葉を切る。
すると、顎に手を添えられて——自然と目を合わせられた。
「——ある少年を俺の代わりに口説いてきてくれるか?」




