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 しばらくして、私と橙色の髪をした少女が生徒会室の前に辿り着いた。緊張で喉が乾く。そんな私の様子にお構いなしに、彼女は生徒会室の扉を軽やかにノックした。


「会長〜、マティアさんを連れてきました」


 軽い口調で扉の向こうに声をかける。すると、僅かに聞こえていた人の声が静まり返った。数秒の沈黙の後、一人の男性の声が返ってくる。


「おー、入って」


 その声だけで、心臓がドクンと跳ねた。


 頬が熱くなるのを感じる。緊張が全身を駆け巡った。けれど、そんな私の動揺に気づく様子もなく、少女は入室の許可を得て生徒会室の扉を開ける。


「失礼しまーす」


 彼女は慣れた様子で室内に足を踏み入れた。私も小さく息を整えてから、その後を追う。

 生徒会室は他の教室と違って少し重厚な作りをしていた。奥には立派な木製の机が鎮座している。その机に向かっていた男が琥珀色の瞳をこちらに向けると、意地悪そうな笑みを浮かべた。


「ありがとさん。迷わずに来れたか?」


「新人でも流石に生徒会室の場所は覚えましたよ」


 橙色の髪の少女がじとりと彼を睨むように、糸目を僅かに開く。その様子に彼はクックッと笑った。


「わかんねぇぞ? お前よく忘れ物するじゃん」


「それ、迷子と関係ないんですけど」


 忘れ物をよくすることは否定せず、低い声で抵抗を見せる少女。そんな二人のやりとりを横目で見ながら、私は気まずげに持っていた人形を弄んだ。


(な、仲良いな……)


 胸の奥が僅かに軋む。


 その気配を察したのか、彼——セドリック会長がふと奥にいる私に目を向けて微笑んだ。


「マティアだよな? 悪いな急に呼び出しちまって」


「! い、いえ! その……えっと……」


 まさか話しかけられるとは思わず、体がこわばる。頬が熱くなり、視線が慌ただしく彷徨った。そんな私にお構いなしに、セドリック会長が橙色の髪の少女に声をかける。


「ネル。ちょっとマティアと話があるから、席外してくれるか?」


「……あ、はい」


 ネルと呼ばれた少女が素直に頷こうとすると、セドリック会長が付け加えた。


「何もしねぇよ」


「まだ何も言ってません」


「視線でわかるわ」


 セドリック会長が呆れたようにツッコミを入れると、ネルは気まずそうに視線を彷徨わせる。けれど肩をすくめると、素直にその場を後にして生徒会室を出て行った。


 扉が閉まる音が静かに響く。


「……さて、待たせて悪かったな。そこ座ってくれ」


「! あ、は、はいっ……!」


 思わず声が上擦った。自分でも恥ずかしいくらいカチコチに体をロボットみたいに動かすと、セドリック会長が指定した客室用のソファの……隣の床にぎこちなく座り込む。


「……なんで床?」


「す、すみません……私みたいな汚物が神域のソファを汚すと思うと、申し訳なくて……」


「汚物!? 神域っ!?」


 セドリック会長が少し引いたような様子でそう返してくる。けれど、セドリック会長がいる場所なのだ。神域以外の何と例えられようか……本当はこんな場所に自分がいてはいけない。そんな気持ちで体を震わせながら床に鎮座する。


「い、いいからソファに座れよ! 俺がお前にそうさせてるみたいだろ」


「はい! 本望ですっ」


「お前、俺のこと嫌いなの!?」


 思わず目を輝かせてそう返すと、セドリック会長が絶句した。何度ソファに座ることを促しても一向に動かない私の様子を見て、彼は呆れたように深いため息をつく。


「はぁ……全く」


「……へ?」


 そう言って彼はダルそうに重い体を起こして立ち上がった。そして、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 な、何で?


 彼を見上げながら思考が停止する。すると、呆れたようにこちらを見下ろして、私の腕を引っ張り上げた。


「わっ!」


「はぁ……自己肯定感が低いにも程があるだろ」


 彼はそう言って私の体を持ち上げると、丁寧な動作でソファに座らせた。


 柔らかな感触がお尻と太ももの裏を包み込む。その瞬間、落ち着かないようにアワアワと慌てて、目尻に涙が溜まった。


「あ、ああ〜……神域がぁ……」


「……お前、面白いって言われたことない?」


 セドリック会長がクスッと口角を上げながら苦笑する。その笑顔を見て、心臓がキュンッと締め付けられた。頬が次第に赤くなるのを感じ、慌ててパーカーのフードを深く被り直して視線を俯かせる。


「な、ないです……こんな根暗陰キャが面白いわけが……」


「根暗って、自分のこと汚物って言ったり……女の子が自分を卑下するな」


 セドリック会長がため息交じりにそう言った瞬間、顎に柔らかな感触を覚えて瞳が震えた。彼の大きな手が私の顎に添えられている……それに気づいた頃には、顎を優しく持ち上げられて目を合わせられていた。


「十分可愛いじゃん。ほっぺ真っ赤にして……もっと自分に自信持てよ」


 その甘い言葉に、心臓が爆速で鳴り響いた。血走ったように目をカッと見開いて彼を見つめ、息苦しそうに鼻息を荒くしながら呼吸を乱す。最高に気持ち悪い自覚はあったが、ときめく心の生理現象は止められなかった。


(しゅき、しゅき、しゅき〜っ♡!!)


「……え、大丈夫?」


 セドリック会長が若干引きながら様子を心配するように伺ってくる。対して私は胸を押さえて苦しそうに鼻息を荒くしていた。そりゃ心配されるわ。


「だ、大丈夫……です……ぜー……き、気にしないでください……はー……」


「……あ、うん。そうする」


 もはやツッコむのに疲れたのか、セドリック会長は若干引いた様子でそう言うと肩をすくめて、私の向かいのテーブルを挟んだソファにどかっと腰掛けた。


「……さて、話を戻すぞ。何で俺がお前を呼んだかわかるか?」


「ぜー……はー……え?」


 私はまだ胸のときめきを感じながら息を整えて顔を上げると、目を瞬いた。


 そんな私の様子を観察するように、セドリック会長は琥珀色の瞳を細めて口角を上げる。その表情にまた胸がときめくのを感じて、思わず頭を掻きながら照れたように引き攣った笑みを浮かべた。


「え? えへへ……何でしょう?」


「ははは、何って……」


 セドリック会長は軽快に笑うと、自分の両膝に肘をついた。指を絡めて顎を支えると、その笑顔に影が差す。


「——お前だろ。最近俺をストーキングしてるのは」


 その言葉に、生徒会室が凍りついた。


 いや、厳密に言えば凍りついたのは私だけかもしれない。先ほどまで高鳴っていた心臓が死んだように鼓動を止める。体の体温が徐々に冷たくなっていくのを感じると、額に一筋の汗が滲んだ。


「………はぇ?」


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