28
深夜の寝室は、しんと静まり返っていた。
幼い頃から使い続けている小さなベッド。お母さんが毎晩炊くお香の残り香がわずかに枕に染みついていて、私はキュッとそれを抱きしめた。
疲れをとる効果があるって、お母さんが言っていた香り。嗅ぐたびに頭がふわふわして、気持ちよくなる。
今夜もその匂いがした。なのに——安心できなかった。
「……っ」
布団を頭から被り直して、声が漏れないようにきつく唇を噛む。目の奥が熱い。鼻の奥がじんじんと痛む。それでも泣き声を出すまいとして——結局、無駄だった。
ポロポロと涙が零れる。シーツに吸い込まれて、消えていく。
さっきお母さんが部屋を覗いてくれた。眠っているふりをしたから、声はかけてもらえなかった。でも——扉の隙間から差し込んだ廊下の光と、しばらくそこに立っていた気配。それだけで、十分だった。
だって、今この顔は見せられない。
「……お母さん」
枕に顔を押し付けて、声を殺しながら呼ぶ。誰にも届かない。届いてはいけない。
目を閉じると、浮かぶのは昼間の光景だった。
花壇の土。スコップの重み。指先に触れた、あの冷たくて滑らかな感触——。
ぎゅっと目をつぶった。考えたくない。でも思い出してしまう。
「……っ、ぐすっ」
嗚咽が漏れた。布団を更に深く被り直して、膝を胸元まで引き寄せる。体を丸めると少しだけ楽な気がした。少しだけ。
「……マティアお姉ちゃん、ごめんね」
今はいない姉の顔が、瞼の裏に浮かぶ。すぐ泣いて、すぐ怯えて、でも追いかけてきてくれた背中。花壇の前で隣に座ってくれた、温かい体温。
懺悔の言葉は部屋の空気に消えて、誰にも届かない。
ただ、秋の夜気だけが——古い木枠の隙間からそっと忍び込んで、震える背中を静かに撫でていった。
私は泣き疲れるまで、ずっとそうしていた。




