25-2
背筋を冷たいものが走って、祈るように視線を後ろへ向ける。懐中電灯の光がくすんだ金色の髪を鈍く照らした瞬間、その祈りは呆気なく砕けた。
布の端をたくし上げ、深緑色の瞳を爛々と輝かせながら遺体を観察している青年が、そこにいた。
「……オズワルドくん」
今度こそ本当に限界かもしれないと思いながら、俺は彼の首根っこを掴んで引き離した。
「現場に入るなと言っただろう」
「離れるなと言ったのはお前だ」
「そういう意味じゃない」
人生で最も重いため息が、白い息になって消えていった。彼と話していると確実に寿命が縮む。今すぐアメリアさんの顔が見たかった。
だが感傷に浸っている場合でもない。俺は目の前の部下に小さく頷いた。
「彼を現場の外へ。もう巡回どころじゃない。帰らせてくれ」
「はっ」
彼女がオズの腕を掴もうとする。だが、彼はびくともしなかった。
「待て。聞きたいことがある」
その声に、思わず足が止まる。
低く静かで、いつもの傲慢さとは微妙に違う色を帯びた声だった。深緑色の瞳が、遺体から俺へとまっすぐ移動する。
「チャールズの能力はなんだ」
「……俺は怒っているんだよ、オズワルドくん」
「どうなんだ。答えろ」
反省の欠片もない。この清々しいほどの頑固さに、俺は天を仰いだ。
「……無能力者だよ。ただ、学生時代の対人訓練ではトップクラスだったらしい。扱う得意武器はナイフだったと記録にある。状況的に見ても、彼が有力だとは思っている」
早くここから出てもらうために、諦念を込めて答える。
だが、オズは俺の言葉に顎へ手を当てて沈黙した。やがて、深緑色の瞳が遺体の方へ戻る。
「なら、あの傷はおかしくないか」
「……おかしい?」
「他の傷は確かにナイフで切り刻まれている。だが、それらは明らかに死後、あるいは瀕死の状態になってから加えられたものだ」
俺は息を呑んだ。
「腑の傷を見ればわかる。切り口の後でナイフで削ぎ落とした痕はある。だが、あの深さはナイフじゃない。何かの鉤爪で一気に引き裂いたような傷だ。チャールズが無能力者なら、致命傷だけがどうしても説明できない」
——子供の戯言だと、切り捨てられれば楽だった。
だが、俺自身もずっと腑に落ちなかった部分が、そこだった。被害者たちはみな、相応の抵抗を試みた形跡がある。それでも致命傷はいつも、深く、一撃で、内臓まで達していた。鑑識の報告でも、腑が二度切られた痕跡はなかった。
無能力者の人間が、逃げる相手を捕らえて、毎回あれほどの一撃を入れられるものか。
「……チャールズに共犯者がいるか。あるいは」
オズがぽつりと言いかけて、止まる。
そのわずかな間に、俺の胸の中で何かが静かに崩れた。ずっと——ずっと考えないようにしていた可能性が、輪郭を持ち始めていた。
「犯人は、このホーソーン地区の内部の人間か」
オズが続きを口にした瞬間、時間が止まったような気がした。
呼吸ができない。口を開こうとしても、言葉が出てこない。
その仮説が間違っていることを、俺はずっと祈り続けていた。
——だから。
「……」
何も返せなかった。そんな俺を見てか、オズは何か考え込むように顎を軽く掴んで俯いた。
「……それに、この香り」
一度言葉を止めてから、オズは顔を上げて俺を見た。
「おい、チャールズはよくベルナイトの香水をつけて——」
ヒュッ。
——刹那だった。
空気を裂く音が耳に届くより先に、体が動いていた。
オズと部下を両腕で突き飛ばし、自らも横へ飛ぶ。刃が石畳を掠め、火花に似た甲高い音を立てて跳ねた。
暗闘に向かって懐中電灯を向けると、光の輪の中に人影が浮かび上がった。
長身の大男だった。全身を黒いコートと布で覆い、深く被ったフードとマスクで顔を隠している。片手にナイフを下げたまま、微動だにせずこちらを見ていた。
——今まで受けた目撃情報と、一致する。
「リッパー……っ」
無意識に、憎しみが声に滲んでいた。
その名を呼んだ瞬間、男は地面を蹴った。




