表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/113

20-2

「——もう、過保護なんだから」


 ふくれ面のまま、マティアお姉ちゃんの背中を見送る。


 石畳の上を小走りに去っていくその後ろ姿は、振り返る素振りもなかった。——本当は振り返りたいのに、我慢してるんだろうな。そんなことを思ったら、口の端がわずかにほどけた。


「……ヘンリーが何よ。私は認めないんだから」


 誰に言うでもなく呟いて、鼻を鳴らす。


 気持ちを切り替えるように袖を捲り上げると、花壇の縁に置かれた錆びたスコップを手に取った。冷え切った金属の感触が掌に馴染む。それをぎゅっと握りしめて、改めて花壇を見下ろした。


 ——枯れている。


 白く細い茎が首をもたげるように萎れ、色を失った花びらが地面に散らばっている。お母さんと一緒に植えたビオラだ。あの頃はこんなに鮮やかな紫だったのに、今はまるで抜け殻みたいだった。


(なんで、こんなに早く……)


 庭師のリックさんが亡くなってから、まだ一週間と少ししか経っていない。彼は毎日欠かさず水やりをしていた人だ。それを抜きにしても、枯れ方が早すぎる気がした。それに——


(お母さん、最近ここに近づかないようにって言ってたっけ)


 理由を聞いても、曖昧な笑みで「なんとなく」とだけ言われた。お母さんが「なんとなく」と言う時は、大体本当のことを言っていない。小さいころからわかっていた。


 訝しく思いながらスコップを土に差し込む。


「……ん?」


 すぐに気づいた。土の表面が、不自然に盛り上がっている。まるで、誰かが後から何かを埋めたような——。


 さく、さく、と少しずつ掘り起こす。土が掌に当たるたび、嫌な感触が走った。気のせいかもしれないけれど、土の色が赤黒く変色しているように見える。


 それでも手を止められなかった。


 どれくらい経ったのだろう。スコップの先がカッと硬いものに当たった。


 置いて、手で掘る。指先に伝わってくる感触が変わった。滑らかな、しかし奇妙な手触り。


「——ひっ」


 反射的に体が飛びすさった。


 息が詰まる。呼吸をしようとしても、空気が薄い。心臓が嫌な速さで打ち続けている。


 もう一度、花壇を覗く勇気がなかった。


 それでも——見間違いであってほしいと、体が一歩、また一歩と引き戻される。


 違わなかった。


 土の中から覗くそれを見た瞬間、目の前が暗くなりそうになった。人の、頭蓋骨だった。


「な、なんで……なんでこんなところに……っ」


 声が震える。体も震える。膝ががくがくと笑って、立っているだけで精一杯だった。


 なんで、クイーンズ・ヘイブンの中庭に——こんなものが。


 考えようとするほど、頭が真っ白になる。わからない。わからない。でも体は答えを知っているように、もう踵を返していた。


「お、お母さ——」


 ——その瞬間、口を塞がれた。


 顔の皮膚に食い込む力強い手のひら。声が、完全に消えた。もう片方の腕が体を抱き上げ、足が宙を蹴る。バタバタと抵抗しても、びくともしない。


 後ろから拘束されて、相手の顔が見えない。


「んーっ‼︎」


 精一杯の声が、静まり返った中庭に吸い込まれていく。


 誰も、いない。


 秋の冷たい風だけが、枯れた花壇の花びらを散らしていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ