20-2
「——もう、過保護なんだから」
ふくれ面のまま、マティアお姉ちゃんの背中を見送る。
石畳の上を小走りに去っていくその後ろ姿は、振り返る素振りもなかった。——本当は振り返りたいのに、我慢してるんだろうな。そんなことを思ったら、口の端がわずかにほどけた。
「……ヘンリーが何よ。私は認めないんだから」
誰に言うでもなく呟いて、鼻を鳴らす。
気持ちを切り替えるように袖を捲り上げると、花壇の縁に置かれた錆びたスコップを手に取った。冷え切った金属の感触が掌に馴染む。それをぎゅっと握りしめて、改めて花壇を見下ろした。
——枯れている。
白く細い茎が首をもたげるように萎れ、色を失った花びらが地面に散らばっている。お母さんと一緒に植えたビオラだ。あの頃はこんなに鮮やかな紫だったのに、今はまるで抜け殻みたいだった。
(なんで、こんなに早く……)
庭師のリックさんが亡くなってから、まだ一週間と少ししか経っていない。彼は毎日欠かさず水やりをしていた人だ。それを抜きにしても、枯れ方が早すぎる気がした。それに——
(お母さん、最近ここに近づかないようにって言ってたっけ)
理由を聞いても、曖昧な笑みで「なんとなく」とだけ言われた。お母さんが「なんとなく」と言う時は、大体本当のことを言っていない。小さいころからわかっていた。
訝しく思いながらスコップを土に差し込む。
「……ん?」
すぐに気づいた。土の表面が、不自然に盛り上がっている。まるで、誰かが後から何かを埋めたような——。
さく、さく、と少しずつ掘り起こす。土が掌に当たるたび、嫌な感触が走った。気のせいかもしれないけれど、土の色が赤黒く変色しているように見える。
それでも手を止められなかった。
どれくらい経ったのだろう。スコップの先がカッと硬いものに当たった。
置いて、手で掘る。指先に伝わってくる感触が変わった。滑らかな、しかし奇妙な手触り。
「——ひっ」
反射的に体が飛びすさった。
息が詰まる。呼吸をしようとしても、空気が薄い。心臓が嫌な速さで打ち続けている。
もう一度、花壇を覗く勇気がなかった。
それでも——見間違いであってほしいと、体が一歩、また一歩と引き戻される。
違わなかった。
土の中から覗くそれを見た瞬間、目の前が暗くなりそうになった。人の、頭蓋骨だった。
「な、なんで……なんでこんなところに……っ」
声が震える。体も震える。膝ががくがくと笑って、立っているだけで精一杯だった。
なんで、クイーンズ・ヘイブンの中庭に——こんなものが。
考えようとするほど、頭が真っ白になる。わからない。わからない。でも体は答えを知っているように、もう踵を返していた。
「お、お母さ——」
——その瞬間、口を塞がれた。
顔の皮膚に食い込む力強い手のひら。声が、完全に消えた。もう片方の腕が体を抱き上げ、足が宙を蹴る。バタバタと抵抗しても、びくともしない。
後ろから拘束されて、相手の顔が見えない。
「んーっ‼︎」
精一杯の声が、静まり返った中庭に吸い込まれていく。
誰も、いない。
秋の冷たい風だけが、枯れた花壇の花びらを散らしていった。




