16
積み上げられた木箱がガタリと揺れて、隙間に入り込んでいた闇が一気に割れた。
外の薄暗い光が差し込む。目が眩んで反射的に瞬きをして、その先に人影を見つけた瞬間——体が石になった。
顔面蒼白とはこういうことを言うのだと、頭の片隅で場違いなことを考える。冷や汗がじわりと滲んで、震える視線をゆっくりと上へ向けた。
「な、な、なんでっ……ここがっ!?」
「ふっ、僕を誰だと思ってる?」
オズワルドが得意げに口角を上げ、腕を組む。夕暮れに赤く染まった倉庫の光が、そのくすんだ金色の髪をぼんやりと照らしていた。
「学園でお前と散々追いかけっこしたんだ。もう大体どこに隠れるか予想がつく」
愕然とする。
口は開いているのに言葉が出てこない。思考が追いつかなくて、サイモンお兄ちゃんとロビンお姉ちゃんを胸にぎゅっと抱き直した。
恐ろしい。この人、本当に恐ろしい。
全身が小刻みに震え始めて、今にも白目を剥きそうになる。もう白目は剥いていた。開いた口から泡がこぼれ出す。
「あば……あばばばっ」
「……それより、お前のせいで時間を無駄にしたぞ。なぜ隠れた」
笑みを消したオズが、ため息をひとつついて私を見下ろす。咎めるような目つきに、はっと我に帰った。木箱の中から出ることを躊躇い、固い木箱の隅に身を縮こませながら膝を抱くと眉を下げる。
「その……ごめん。ヘンリーさんを見ると……つい」
今にも消え入りそうな声で正直に告げる。自分でも何を言っているんだと思ったけれど、オズは呆れる様子もなく、ただ静かに目を細めて耳を傾けていた。
「あいつはお前の養父になると名乗ってたぞ。養母の身請け人か?」
「——ぁ」
核心をついた言葉に、呼吸が止まる。視線が彷徨ったけれど言葉が見つからなくて、結局小さく頷いた。
「……うん。最低だよね。姐さんが選んだ人なのに、歓迎できないなんて」
「惚れている相手を身請けした男を歓迎できるわけないだろ」
「うん……——うん?」
聞き間違いかと思って顔を上げる。訝しげにこちらを見下ろす深緑色の瞳と目が合うと、彼は意外そうに片眉を上げた。
「なんだ。まさか僕が気づいていないと思っていたのか」
「な、なななっ!?」
「見ていればわかる」
呆れたように息を吐いて、オズが腰に手を当てる。
一方で私は、顔を真っ赤にしたり青くしたりしながら声を上擦らせることしかできなかった。なんで。なんでバレてるの。いつから。
キャパオーバーで卒倒しそうになる私をよそに、彼は淡々と言葉を続けた。
「むしろ気づいていないのは惚れられている当人なんじゃないか。呑気なものだ」
「あば……あばばばっ」
アメリア姐さんがまだ自分の気持ちに気づいていないという見解に、安堵していいのかわからない。泡を吹いてうずくまる私に向かって、オズはさらに続ける。
「だが、わからんな。お前はセドリックが好きだったんじゃないのか」
「はばっ!!」
鳩尾を殴られたような衝撃が体を貫いた。
血反吐を吐きそうになりながら、なんとか正気を保って返す。
「な、なんのことやら……」
「お前がセドリックをストーカーしていたのは知っているぞ。情報収集は僕の得意分野だ」
「ひぎゃあああああっ!!」
耐えられず、発狂する。
木箱の狭い空間を器用にガタガタと暴れ回りながら、頭を抱えた。そこまで知っているのになぜ自分を身請けしようと思ったのか、もはや意味がわからない。彼の正気を疑いながら羞恥心のまま暴れる私を、オズは倉庫の薄い光の中で顎をさすりながら観察し続けた。
「後から黒歴史になるのが目に見えているのに……あの行動力は評価できる。刑務所に行っても僕は心から賞賛するぞ」
「やめてっ、掘り下げないでっ」
どこに賞賛すべき点があるのかわからないまま、今度は涙を流しながら懇願する。彼はどこまでも楽しそうだった。
——ひとしきり暴れてから、ようやく動けなくなった。
木箱の中に寝そべったまま、両手で顔を覆う。木材と埃の匂いが、うっすらと鼻先を漂った。窓のない倉庫の中は、夕暮れの外の光がわずかに差し込むだけで薄暗く、静かだった。
「うぅっ……わかってるよ……自分が一番おかしいって」
震える声で独白する。彼の表情は見えなくても、もうどうでもよかった。
「今まで姐さんのことお母さんとして見てたのに……いつの間にか……それだけじゃなくなって。でも会長の気持ちも捨てきれなくて……」
言葉が途切れ途切れになる。喉の奥が焼けるような感覚がして、ひぐっとしゃっくりが漏れた。
顔を覆っていた両手が、いつの間にかきつく握りしめられていた。
「ひぐっ……ぐすっ……気持ち悪くてごめんっ……うぅっ」
「はぁ……誰もそこまで言っていない」
変わらない、呆れたような声が降ってくる。
でももうそれすら気にしていられなかった。ただ自分の不甲斐なさに、肩だけをしゃっくりに合わせて震わせる。
——だから、次の言葉は、まるで不意打ちだった。
「どこが気持ち悪いんだ。普通だろ」
「——へ?」
まるで天気の話でも口にするような、軽い声だった。
涙が、止まった。
ゆっくりと握りしめていた手を開いて、濡れた顔を持ち上げる。
オズは、いつものように片眉を上げていた。心底意味がわからないという顔で、訝しげにこちらを見つめている。その表情には、からかいも同情もなかった。ただ——本気で、理解できないと言っていた。
薄暗い倉庫の中で、差し込む細い光が彼の輪郭をうっすらと縁取っていた。
私はしばらく、言葉を忘れたまま彼を見つめていた。




