13−2
「ダメよマティア。オズワルドくんが困ってるわ」
「ひゃっ!」
アメリア姐さんがこちらに駆け寄り、心配するように眉根を寄せて私を彼から引き剥がす。
醜態を晒して子供のように諭されて、顔が真っ赤になる。けれど、彼女の柔らかな手が自分に触れる感触が伝わると、真っ赤な顔のまま心臓がドキドキと高鳴った。
「あぅっ……だ、だって……」
「ごめんなさいね。この子いつもこんなこと……するけど。普段はおとなしいの」
「するのか」
「ぐはっ」
アメリア姐さんの困ったような笑みと、彼の的確なツッコミに心臓がえぐられる。
呆れたように見つめられて、いたたまれなくなって萎縮した。ああ、ミジンコになって消えたい。
彼女に後ろから抱かれながら、「うっうっ」と涙をポロポロこぼす。
そんな私を気にも留めず、彼は突然現れたアメリア姐さんに視線を向けた。
「何の用だ。お前も僕に、事件をやめろと言いに来たのか?」
彼が腰に手を当て、ふんっと鼻を鳴らす。どこか厳しい目つきで彼女を見つめた。
けれど、アメリア姐さんは警戒する彼の様子を気にも留めず、首を小さく振って弱ったような控えめな笑みを浮かべる。
「いいえ、謝りに来たの……あまり捜査に協力できなくてごめんなさい。事件のせいで、みんなピリピリしていて」
そう言って彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。どうやら、クイーンズ・ヘイブンのみんなが彼の捜査に協力的ではないことを気にして、やってきたらしい。
はぅ……アメリア姐さん……。
心臓がキュッとなる。
いつの間にか涙が引っ込んで、惚けた顔で彼女を見つめていると——姐さんが何かに気づいたように彼に近づいた。
「あら……襟が曲がってるわ」
姐さんがそう言って彼に手を伸ばす。
「はぅ!」
さ、触った……! 姐さんに触りやがった!
彼が嫌そうな顔で手首を掴むも、姐さんはくすくすと笑いながら慣れた手つきで襟を直してしまう。
「やめろ。僕は子供じゃない」
「ふふ、ごめんなさい。つい娘たちにしているから癖で……」
その光景に、名状しがたい感情が腹の底から込み上げた。わなわなと震えながら涙目で二人を見つめる。
さらにショックを受けて表情を歪ませる私をよそに、襟を直し終えた姐さんの手が、ふと彼の胸ポケットに触れた。
——その指先が、何かをポケットに滑り込ませた。
「………ぇ?」
一瞬の出来事だった。あまりにも自然な動作で、見ていなければ気づかなかっただろう。
彼女は何事もなかったかのように一歩下がると、オズに向けて穏やかに微笑んだ。 ——ふと、私の視線に気づいたのか。姐さんがゆっくりとこちらを向く。
けれど——なぜだろう。
その笑顔を見て、なんとも言えない感情が渦巻いて胸が締め付けられた。
「ね、姐さん……?」
私が声をかけようとした瞬間、彼女は人差し指を唇に当てて、いたずらっぽく微笑んだ。
「ふふ、マダムには内緒よ?」
——その仕草が、まるで子供のように無邪気で。
けれど、なぜか背筋が凍るような不安を覚えた。
そんな私の動揺に気づいたのか、今度は彼が警戒するように彼女に声をかける。
「……なんのつもりだ」
オズが訝しげに眉を寄せ、自分の胸ポケットに視線を落とした。そこには、見覚えのある青い封筒が覗いている。
——他の娼館を自由に行き来できる、紹介状だった。
彼がそれを取り出そうとすると、アメリア姐さんが柔らかく首を振った。
「……私たちの娼館でも、従業員が何人か被害に遭っているの」
姐さんは声を落として語り出す。
「みんな、リッパーに……」
そう言いかけて一度言葉を切る。彼女は悲しげに顔を伏せ、言葉を詰まらせた。
「体を切り裂かれて……中には、誰だかわからないほど……」
きっと彼女の脳裏には、先日リッパーに殺された従業員の姿が浮かんでいるのだろう。
ちゃんとその遺体を見ていないから、実際にどんな状態かわからないけれど……マダムが言うには、内臓が飛び出るほど無残に引き裂かれ、そのまま路上に放置されていたらしい。
「……っ」
実際にその光景を見たわけじゃないのに、想像しただけで身震いした。
震えを抑えるように腕を抱いて、青い顔をしながらもアメリア姐さんを不安げに見つめた。
その人と特別仲が良かったというわけではない。けれど、言葉を何度か交わしたことがある相手が殺された事実は、胸を痛ませるのに十分だった。
「……このまま犯人を放置するとまた被害が出る。私の家族も……ヘンリーさんも」
——ああ、また。
またこの名前。
彼の名前が出る度に、姐さんの中でその存在がどれだけ大きいのかを思い知らされる。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
複雑な気持ちで目を伏せた。現実を直視するのが辛かった。
「だから、マティアの身請けは母親として認められないけど……事件解決には賛成なの」
そう言って彼のポケットを優しく叩くと、穏やかに、けれどどこか覚悟を決めたような笑みを浮かべた。
「本当は子供に託すのは危険だから、あまりさせたくないのだけど……お願い、早く犯人を見つけてね」
「——っ」
その力強い言葉に息を呑む。
理解が追いつかなかった。変な冷や汗が出て、心臓がうるさく高鳴る。
なんで……姐さん……だって……。
「………」
彼はというと、彼女をじっと見つめて沈黙していた。その深緑色の瞳がさらに色濃く輝いて——一瞬、何か考えるような間があった。
けれど彼はそれを表に出すことなく、いつものように鼻で笑って背を向けた。
「ふん、言われなくてもそうする。黙って見ていろ」
「っ! ま、待って!」
「あ、マティア!」
彼が私たちを置いて、その場を後にするように歩き出す。
我に帰った私は、彼を追いかけようとして足を駆け出したが、アメリア姐さんの声を聞いてふと足を止めた。
「ね、姐さん……」
彼女を振り返って、困ったように眉根を寄せる。
彼を追いかけたい気持ちと、彼女に疑問をぶつけたい気持ちがせめぎ合う。
ああ、姐さんをおいていけない。けど、オズワルドくんを止めないと……。
どうしていいかわからずに二人を交互に見つめて、泣きそうになる。
けど、そんな私の心情を理解したのか——
アメリア姐さんは、いつもと同じ優しい笑顔を浮かべた。
けれど、どこか寂しそうに見えたのは、気のせいだったのだろうか。
姐さんが私に手を差し伸べる。そして、私の頭を優しく撫でた。
「……オズワルドくんを手伝ってあげてね」
その言葉を聞いて——息を呑んだ。
「……なんで」
なんでそんな顔をするの?
そう聞きたいのに、言葉が出てこない。
私はしばらく呆然としたが、小さく頷いて彼の後を追いかけた。
後ろで姐さんが手を振っているような気がしたけど、なぜか振り返れなかった。
秋の風が、私の髪を揺らして通り過ぎていった。




