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22/113

13−1

 ——身請け騒動が起きてから、二日が経っていた。


 この二日間、私は地獄のような日々を過ごした。


 彼——オズワルド・ウィズダムは、宣言通りリッパー事件の調査を開始した。朝は学園の図書館で過去の事件記録を漁り、昼休みには憲兵隊の詰所に押しかけて情報を聞き出し、放課後になるとクイーンズ・ヘイブンに現れて聞き込みを始める。


 そのたびに、私は自室の床に這いつくばって奇声を上げていた。


 どうやって彼に諦めさせようか。考えても考えても、答えは出ない。結局、私は何もできずにただ怯えながら、彼の行動を遠くから見守ることしかできなかった。


 けれど今日、エリスから「オズワルドくんがクイーンズ・ヘイブンで聞き取りをしている」と聞いた瞬間、私の中で何かが切れた。


 もう、黙って見ているわけにはいかない。


 そう決意して、私は——生まれて初めて、自分から彼に近づいたのだった。


 そして今——


「お願いします。なんでもするので、どうか調査だけは勘弁してください」


「じゃあ、身請けされるのか」


「そ、それ以外で!」


「ちっ」


 クイーンズ・ヘイブンの敷地の外——曇天に覆われた薄暗い通りの上。ところどころ欠けた石畳に額を擦りつけながら、私は必死に目の前の青年に懇願していた。


 深緑色の瞳を持つオズワルド・ウィズダムは、呆れたように私を見下ろしている。


 やめて、そんな目で見ないで。


「お願いします! 靴でも地面でもどこでも舐めますので! どうか! どうか!」


「やめろ、地面に這いつくばるな。僕にそんな趣味はない」


 彼が鬱陶しげにそう言って歩き去ろうとする。


 どうやら、もうクイーンズ・ヘイブンでの聞き取りを終えたらしい。彼がその場を去ろうとした瞬間、気づけば私は彼の足にしがみついていた。


「ど、ど、ど、どこへ!?」


「どこって……別の娼館に聞き取りだ。ここにいても誰も答えてくれない」


 彼は不機嫌そうに眉をひそめる。どうやら娼婦たちに片っ端から声をかけても、誰にも相手にされなかったらしい。


 服に飛び散った卵の黄身、埃まみれの髪——その有様から、相当強く拒絶されたのがわかる。


 どうしよう……なんで誰も相手にしないのか、わかる気がする。


 そんなことは口が裂けても言えず、気まずそうに視線を泳がせていると、彼が私ごと足をザッザザーっと引きずり始めた。


「や、や、やめて〜! あ、足引きずらないでっ」


「うるさい。そもそもなんで僕につきまとう。今まで僕を避けていただろう」


 彼は冷たく私を見下ろす。その深緑色の瞳に見つめられて、私は萎縮したように言葉を詰まらせた。


「な、な、なんでって……」


「……僕に身請けされると困ること以外に、何かあるみたいだな」


「——へ?」


 思わず間の抜けた声が口から漏れ出た。


 彼は深緑色の瞳を細めて、確信したようにそう告げる。まるで観察されているようで、咄嗟に体がビクッと震えると、私はさらに体を縮こませた。


「……いや、……その」


「お前のことだから、きっと何もできずに部屋に引きこもると思ったが」


 どもる私を置いて、彼が私と目を合わせるようにゆっくりとしゃがむ。


 その端正な顔立ちが視界に映ると、呼吸が止まったように息を呑んだ。そんな私を見て、彼は興味深そうに自分の顎をさする。


「今まで僕を避けていたお前が、こんなに必死になるなんて……他に何を隠している?」


「はぅっ!」


 図星を突かれて、謎のダメージが入る。白目を剥きそうになった。


 心臓が嫌な音を立ててバクバクと脈打つ。的確に考えていることを見抜かれて、冷や汗がダラダラと流れ出す。


 ど、どうしよう……これ以上彼を引き止めると、さらに考えていることを見抜かれそう。思わず視線が彷徨った。


 お、お金か? お金があれば諦めてくれるのか?


 そんな黒い考えが頭をよぎって、つい思考が深く沈んでいく。考えを巡らせている間に、黙って冷や汗をかきながら「あわあわ」と口をまごつかせた。


 そんな私を彼は訝しげに片眉を上げて見つめ、しばらくしてから諦めたようにため息をつく。


「はぁ……まぁいい。何て言おうと、僕はこの事件を解決し、お前を貰い受けるだけだ」


「やっぱり、腎臓より脾臓の方がいいですか?」


「なんの話だ」


 頭を悩ませ続けて、ついに内臓を売る方向まで深く考えてしまう。


 真面目なトーンで言うものだから、いつも澄ました顔の彼でさえ困惑した表情を浮かべていた。


「いいから、邪魔するな。離れろ。こうなったら意地でも事件を解決してやる」


「ぎゃあああ! それだけはぁ! それだけはぁ!!」


「……えっと、なにしてるの?」


 私の頭を押さえて必死に引き剥がそうとする彼と、鼻水を垂らして泣きながら足にしがみつく私——シュールな光景。


 そんな私たちを見てか、聞き慣れた優しくも、どこか困惑したような声色が耳に届く。はっと我に帰って、咄嗟に振り返った。


「あ、アメリア姐さん……!?」

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