11−2
誰かがドアを開けて入ってくると、咄嗟にエリスに飛びつく。驚くエリスをよそにギギギと首を鳴らして振り返ると、深緑色の瞳と目が合った。
——その瞬間、彼が私を見て不敵に口角を上げた。
「やっと会えたな。マティア」
「お……おじゅっ、おじゅわっ、おっ!!」
声が震えすぎて彼の名前がまともに呼べない。今にもエリスを抱きながら白目を向いて気絶しそうになるも、そんな私を置いてオズは腕を組んで満足げに頷いた。
「うん、僕も会いたかったぞ」
違います。そんなこと言ってません。
斜め上の解釈で彼が受け取ってしまったことに口から魂が抜けかける。
「マティアお姉ちゃーん!」
すると、エリスが血相を変えて私の名前を叫びながら支える。また気を失わないように小さくペチペチと頬を叩き始めた。
やめて、地味に痛い。
遠くなりそうな意識の中、誰かが私たちの間に入る——それは他でもないアメリア姐さんだった。
「あなたがオズワルド・ウィズダム様ですね。お噂はかねがね」
「……お前は?」
突然間に入ってきた姐さんを見てオズワルドが訝しげに眉を寄せると、組んでいた手を腰に当てる。目を細め、どこか観察するような視線を向けるも、そんな彼の態度にも動じずに彼女は柔らかな笑みを浮かべて美しい礼を見せた。
「お初にお目にかかります。私はアメリア・ウィットモア……この『クイーンズ・ヘイブン』の娼婦にして、マティアの母です」
「……母?」
「ぐはっ!」
「マティアお姉ちゃーん!」
『母』というパワーワードに打ちのめされて白目を向く。重傷を負ったようにエリスに寄りかかると、今度はやや強めの平手打ちをされた。
やめて、本格的に痛い。
そんな私たちを横目にオズはもう一度アメリア姐さんに向き直る。
「……似てないな。養母か?」
「はい。マティアと一緒にいる彼女は私の実の娘ですが……二人とも大切な娘に変わりありません」
「ぐふぁっ!」
ダブルパンチでノックアウト。もはや叫ぶ気力もなくなったエリスが無言で頬を引っ叩く。
やめて、エリス。もう痛み感じなくなってきた。
そんな私たちのやりとりにアメリア姐さんは困ったような苦笑を浮かべると、また彼に向き直った。その金茶色の瞳は穏やかな曲線を描くように目を細めていたが、どこか警戒の色を滲ませていた。
「……で、私の愛娘にどんな用事でしょうか? そもそも、ここは娼婦しか出入りが許されない部屋。関係者以外の立ち入りを禁止しているはずですが」
「ふん、マダムから許可はもらっている……そうだろ?」
姐さんの話を遮り、鼻を鳴らしてそう言うと扉の向こうに声をかけた。その瞬間、扉の奥からマダムがキセルで紫煙をふかしながら、ヒールを鳴らして現れた。
「……ああ、そうだね」
「……マダム?」
どこかいつも通りのような……けど、わずかな気まずさを滲ませた表情にアメリア姐さんだけでなく、私とエリスもわずかな困惑の色を示す。
だが、すぐに姐さんが眉を寄せるとこちらを守るように厳しい声を上げた。
「それでも困ります。マティアの身請けがしたいなら、それ相応の手順を踏んでもらわないと」
「——だから、許可はもらっていると言っているだろう」
「……は」
オズワルドの言葉に、その場が凍りつく。
『許可』という言葉を聞いた瞬間……嫌な予感が体を走った。呆然とする私たちをよそに彼はまた腕を組む。
すると、アメリア姐さんの後ろに隠れている私が見えるようにひょこっと顔を覗かせると——彼はニッと口角を上げて、お茶目にピースサインを向けた。
「身請けの許可はもらった。喜べ、今日からお前は僕の婚約者だ」
——瞬間、息が止まった。
この人は一体何を言っているんだろう。
思考が追いつかない。胃の底から何かがせり上がってくるのを感じた。
ああ、この世の終わりとはこのことかもしれない。
そう思いながら、私はせっかくの高級なラグを盛大に汚した。




