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1-1

「よし、バンダースナッチについて答えられるやつはいるかー?」


 午後の光が教室に差し込んでいる。もうすぐ放課後を迎えるこの時間帯、教壇に立つ教師が最後の質問を生徒たちに投げかけた。だが、誰も手を上げない。午前中の対人演習で疲弊したのだろう、生徒たちの顔には疲労の色が濃く残っていた。


 そんな中、一人の女子生徒が手を上げて立ち上がる。


「えっと……世界を一度、破滅へと脅かした怪物の総称です」


 的確な答えに、教師は満足げに頷いた。


「そうだな。みんな知っての通り、あいつらは一度世界を滅ぼしかけた。けど、俺たち『亜人』のおかげで数百年前に地下深くの『穴』に閉じ込められている」


 教師が教壇から黒板前をゆっくり歩きながら、生徒たちをひとりひとり見渡す。その視線がやがて、頬杖をついてうつらうつらしていた褐色肌の青年の上で、ぴたりと止まった。


「さて、ここでバンダースナッチの特異種について説明してもらおうか……ノエル・ドージャー」


「っ!」


 名前を呼ばれた青年——ノエルが咄嗟に目を覚ました。彼は、緋色の瞳をカッと見開くと慌てて立ち上がる。


「え、あ……その……すみません。聞いていませんでした」


「だろうな」


 教師の呆れた声と共に、教室中がくすくすと笑い声を上げた。恥じらうように黒い頬を赤く染めて、ノエルはばつが悪そうに俯く。


 すると、別の少女が立ち上がった。


「先生が仰りたいのは、おそらく『ジャバウォック』のことですね? 」


 鈴を転がすような声が辺りに響く。


「普通のバンダースナッチからは発生しない特殊な個体。要するに、能力の暴走によって制御を失った我々亜人が、強大な怪物に成り果てる現象……合っていますか?」


 天使のような笑みを浮かべる白髪の少女——レイシーに、クラス全員の視線が吸い寄せられた。教師は一瞬呆然としてから咳払いをした。


「……こほん! その通りだ。ありがとう、レイシー嬢」


 調子を取り戻した教師の言葉に、レイシーは満足げに席についた。それを見届けてから、教師は授業を再開する。


「彼女の言う通りだ。ジャバウォックはバンダースナッチの変異体ではなく、亜人が力を暴走させることで生まれる別種の怪物。通常のバンダースナッチとは比較にならない力を持つ」


 教師がそう説明してから、改めて教室を見渡した。


「さて、バンダースナッチとの違いを説明できる人は?」


 生徒たちに呼びかけて辺りを見回す。すると、別の生徒が手を上げて立ち上がった。


「ジャバウォックはバンダースナッチと違って強大な力を持ち、見境なく周りに被害を与えます。それだけじゃなく、一度なってしまった亜人はもう二度と戻らない……」


 そこで男子生徒が言葉を詰まらせる。


「だから、ジャバウォックになる可能性のある亜人は……」


 ばつが悪そうに口をつぐむ。そんな彼の代わりに教師が言葉を継いだ。


「……そうだ。もれなく全員処刑される」


 その言葉に、教室中がざわめき立つ。まるで噂話をするように囁き合う声もあれば、何か思うところがあるのか表情に影を落とす者も出てくる。


 周りのざわめきを鎮めるように教師がこほんと咳払いすると、生徒たちの声が収まって全員の視線が教壇に集中した。


「……現在、ジャバウォック化を治す薬がない以上、この処遇は仕方ないとされている。放っておくと周りに死者が出るからな」


 そう言って彼は一度言葉を切り、教室を見渡してから続けた。


「バンダースナッチは『穴』の中に閉じ込められ、俺たち亜人の監視下にある。だが、そういう脅威もあるから身を守る術を学べってことだ……というわけで」


 そこで教師はニヤッと笑って見せた。


「来週、対バンダースナッチ用の戦闘訓練とテストを行う。みんな心して挑めよ」


「えー!」


 その報告を聞いた途端、一斉に教室にブーイングが巻き起こった。中には教師に向かって紙屑を放り投げる猛者も現れ、彼は耳を塞ぎながら軽く身をかわす。


「うるさい、あと紙屑投げんな! 決定事項だからな!」


 そう叫んで生徒たちを諌める。それでもなお不服と言わんばかりに声を上げる生徒たちを尻目に、教師は教室の壁の四分の一を占める黒板に貼り紙を貼っていった。


「だー、もう! 静まれ! ほら、今日の対人訓練の成績発表だ。これ見てさっさと帰れ!」


 教師にあるまじき態度で生徒にしっしっと手を振ると、逃げるようにその場を後にした。それと同時に学園都市に聳え立つ大きな鐘が鳴り響き、生徒たちが不服そうな顔で立ち上がって帰る準備を始める。


「くそっ……あの先生いつも急なんだよな」


「わかる、生徒の身にもなれってんだ」


 次々と文句を言いながら帰る支度を済ませると、生徒たちはわらわらと教室の黒板に集まって貼られた成績表を眺めた。


 どのランクに入ったか、生徒たちは口々に話し合っている。前回よりも成績が上がって喜ぶ者もいれば、下がって落ち込み慰められる者も出てくる。


 だが、全員が最も気にしていたのは誰が上位に食い込んだかということだった。


「えっと、三位がマルクス・ヴァイス、二位はノエル・ドージャーだって」


「げっ……あの混血児が上位に食い込んでいるのかよ」


 わかりやすく嫌な顔をして顔を顰める生徒。納得がいかない様子で頭を掻くと、一位の欄に目を向けた。


「まぁ、あいつより上位がいるってだけマシか。一位は誰なんだ?」


「えーっと、一位はマティア・ピンプティだって」


「へぇ……って、誰?」


 聞き覚えのない名前に、生徒たちがざわめき出す。そんな生徒いたっけ? なんて声が相次ぐ中、一人の生徒が誰かとぶつかってよろめいた。


「あ、ごめん! ——……ってあれ?」


 振り向いて謝罪しようとしても、そこには誰もいない。辺りを見渡してもぶつかったであろう人物の影が見えず、男子生徒は不思議そうに首を傾げてから、また気にせずに成績表に目を移した。

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