10-2
ドアの裏に隠れている娼婦たちにも聞こえるよう、はっきりとした声でそう吐き捨てる。
その瞬間、場の空気が凍りついた。
目の前の娼婦の妖艶な笑みが引き攣り、眉がピクピクと動く様子を見て、僕は満足げに口角を上げた。
「クイーンズ・ヘイブンは由緒ある高級娼館と聞いていたが、まさか娼婦たちの質がこんなに悪いとは思わなかったぞ……まるで男を食い物にするヒルみたいだ」
組んでいた手を離して膝に手をかける。貧乏ゆすりをしていた足首が、いつの間にか楽しそうに左右に揺れていた。
「時は残酷だな。おそらく当初は、こんな質の悪い娼婦はいなかっただろうに……この娼館を維持する老耄が気の毒でならない」
「このっ!」
固まって聞いていた彼女は、頭に血が上ったように顔を真っ赤にした。怒りで目が血走る。
咄嗟に彼女は手を振り上げて、僕目掛けて降り下ろした——が。
「何やってんだい」
誰かが彼女の手首を強く掴んで、静止させた。
明るい栗色の瞳を細め、厳しい顔で娼婦を見つめる——マダム・アッシュクロフトだった。その視線に、彼女はビクッと体を震わせる。
「ま、マダム・アッシュクロフト……」
「未成年のガキでも、相手は客だ。プロとして自覚を持ちな」
そう言ってマダムは彼女の手首から手を離す。罰が悪そうに俯いて下唇を噛む娼婦に、マダムは冷たく言い放った。
「行け」
「っ……はい」
彼女はどこか納得のいっていない様子でそう答えると、僕を睨むように視線を向けて、ドアに向かって歩みを進めた。
ドアが静かに閉じられる。
その瞬間、マダムから深いため息が漏れ出た。
「……うちの者が悪かったね。後で教育する」
「別に構わない。お前の教育不足が露呈しただけだ」
肩をすくめてそう答える。彼女の眉がぴくりと動くも、それ以上の反応を示さずに、向かいのソファへ優雅に座った。
「そんな態度じゃ、身請けさせられないね」
「……おい、そういえばマティアを呼んで来てくれたんじゃなかったか?」
訝しげに眉を寄せて彼女に尋ねる。だが、今度はマダムが肩をすくめて、小さく息をついた。
「あんたの名前を聞いた途端に気絶したよ。一体何をしたんだい」
「はぁ……何もしていない。ただ、告白したら吐かれただけだ」
「吐か……?」
聞き間違いをしたかのように、一瞬固まって目を見開くマダム。だが、心底疲れたように深い息をつくと、腕と足を組んだ。
「……そんな話を聞いたら、ますますあんたに身請けさせるわけにはいかないね」
「なぜだ。大事にする」
「みんなそう言うんだよ。そもそもうちは未成年に女は売れない。さっさと帰りな」
そう言ってマダムはこちらを見据え、静かに睨んでくる。誰もが萎縮しそうな鋭利な視線——けれど、僕はそれを鼻で笑って口角を上げた。
「いいや、館の規定では『未成年でも十四歳以上かつ同い年なら身請けの申し込みが可能』なはずだ。まさかここの館主であるお前が知らないわけないだろう」
「……ほう」
僕の言葉を聞いて、マダムが興味深そうにこちらに目を細める。彼女は少し考えるように顎を撫でると、僅かに口角を上げた。
「その様子だと、うちの館について調べたみたいだね」
「当たり前だ。彼女を身請けするためなら、なんだってする」
胸を張り、堂々とそう告げる。
マダムはしばらく沈黙した。だが、久方ぶりに来た愉悦に浸るように、彼女は笑みを深めた。
「——気が乗った。テストだけでもしてあげようかね」
「……それは、身請け制度のテストのことか」
「他に何があるってんだい?」
反射的に眉をぴくりと反応させ、瞳を揺らす。その様子を見て、マダムは満足げに笑うと、こちらを試すような……値踏みするような目で見つめた。
「おや? もしかして、口だけが一丁前だったのかい?」
「……はっ! まさか」
身を乗り出すように両肘を膝につけて、組んだ手を口元に寄せる。目を爛々と輝かせ、好奇心に笑みを深めると——僕は楽しむように目を細めた。
「僕は楽しむためなら、なんだって本気だ。覚えておけ、老耄め」




