9-1
「うへ、うへへへへ」
娼館の煌びやかなシャンデリアの光が、私の頬を照らしている。
ついアメリア姐さんの甘い香りに酔いしれて、だらしない顔で涎を垂らしてしまった。無意識に擦り寄るように、その豊満な胸に顔を埋める。柔らかくて温かい感触が頬を包み込んで、思考が溶けていく。
「……マティア?」
困惑したような、けれど優しい声色が頭上から降ってきた。
——はっ!?
その声に現実へと引き戻され、慌てて床を蹴る。ずささーっと音を立てて一メートルほど後退すると、背中が冷たい壁にぶつかった。
「ご、ご、ごめん……なひゃっ! だ、だ、大丈夫っ!」
「そ、そう? けど、顔真っ赤だけど……」
アメリア姐さんが心配そうに眉を下げて、小首を傾げる。その仕草がまた可愛くて、耳まで熱くなるのを感じた。
ああ、綺麗に整った眉と目尻が下がってる〜……可愛い〜、しゅき〜。
心臓が激しく脈を打つ。呼吸が浅くなって、視線があちこちに泳いだ。
「あ……しょの……えっと……暑い! 暑いだけだからっ!」
「お姉ちゃん、ここ一年中秋よ」
「ぐはっ!」
エリスの的確なツッコミに、思わず胸を押さえてよろめいた。
——永遠の秋が続く学園都市『ハートヴェール』。
極端に気温が上昇することもなく、冬ほどの寒さにもならない。少し肌寒さを感じる程度の、ちょうどいい気温の都市。この都市に暮らす人なら、誰もが知っている当たり前の事実だ。
アメリア姐さんは、その綺麗な金茶色の瞳をぱちぱちと瞬かせている。一方、エリスは呆れたように白い目で私を見つめていた。
「あ、えっと、その……な、なんか体温高いなー……的な?」
「あら、大変……熱かしら?」
「大丈夫よお母さん。マティアお姉ちゃん、いつもこんな感じなんだから」
「ぐはっ!!」
オーバーキルだった。エリスの容赦ない言葉に、胸が抉られる。
また涙がポロポロとこぼれ落ちて、高級なラグに吸い込まれていく。もうこれでは、誰が年下かわからない。
「えぐっ……エリス〜……」
「だって、事実でしょ!」
「こらこら、喧嘩しないの」
二人のやりとりに、アメリア姐さんが介入する。弱ったように眉を下げて苦笑を浮かべると、エリスの頭を優しく撫でた。その母親らしい仕草に、また胸がキュンと高鳴る。
すると、アメリア姐さんがふと表情を曇らせた。
「……けど、本当に最近物騒だから気をつけてね。まだ『リッパー』が街に潜んでいるみたいだから」
話題を変えるように、そう言って眉根を寄せる。現状を危惧するように、悲しげに目を伏せるその姿——。
その瞬間、胸が締め付けられる感覚を覚えた。
「……その、アメリア姐さん」
躊躇いながら、言葉を紡ぐ。
——私は、なんて言おうとしているのだろう。
言葉が出てこない。喉の奥で何かが引っかかって、うまく声にならない。
しばらく気まずい沈黙が流れる。呼吸が止まるような感覚を覚えて、緊張したように喉を鳴らした。それでも、意を決して声を絞り出す。
「——……あのね」
「気をつけるのはアメリアでしょー! この高級娼館で一番綺麗なんだから」
「!」
言葉を遮られた。
ずっとこちらの様子を見ていたイザベラ姐さんが、するりと前に進み出る。呆然と彼女を見つめて固まっていると、私をよそにイザベラ姐さんがアメリア姐さんの肩を抱いた。




