表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/113

9-1

「うへ、うへへへへ」


 娼館の煌びやかなシャンデリアの光が、私の頬を照らしている。


 ついアメリア姐さんの甘い香りに酔いしれて、だらしない顔で涎を垂らしてしまった。無意識に擦り寄るように、その豊満な胸に顔を埋める。柔らかくて温かい感触が頬を包み込んで、思考が溶けていく。


「……マティア?」


 困惑したような、けれど優しい声色が頭上から降ってきた。


 ——はっ!?


 その声に現実へと引き戻され、慌てて床を蹴る。ずささーっと音を立てて一メートルほど後退すると、背中が冷たい壁にぶつかった。


「ご、ご、ごめん……なひゃっ! だ、だ、大丈夫っ!」


「そ、そう? けど、顔真っ赤だけど……」


 アメリア姐さんが心配そうに眉を下げて、小首を傾げる。その仕草がまた可愛くて、耳まで熱くなるのを感じた。


 ああ、綺麗に整った眉と目尻が下がってる〜……可愛い〜、しゅき〜。


 心臓が激しく脈を打つ。呼吸が浅くなって、視線があちこちに泳いだ。


「あ……しょの……えっと……暑い! 暑いだけだからっ!」


「お姉ちゃん、ここ一年中秋よ」


「ぐはっ!」


 エリスの的確なツッコミに、思わず胸を押さえてよろめいた。


 ——永遠の秋が続く学園都市『ハートヴェール』。


 極端に気温が上昇することもなく、冬ほどの寒さにもならない。少し肌寒さを感じる程度の、ちょうどいい気温の都市。この都市に暮らす人なら、誰もが知っている当たり前の事実だ。


 アメリア姐さんは、その綺麗な金茶色の瞳をぱちぱちと瞬かせている。一方、エリスは呆れたように白い目で私を見つめていた。


「あ、えっと、その……な、なんか体温高いなー……的な?」


「あら、大変……熱かしら?」


「大丈夫よお母さん。マティアお姉ちゃん、いつもこんな感じなんだから」


「ぐはっ!!」


 オーバーキルだった。エリスの容赦ない言葉に、胸が抉られる。


 また涙がポロポロとこぼれ落ちて、高級なラグに吸い込まれていく。もうこれでは、誰が年下かわからない。


「えぐっ……エリス〜……」


「だって、事実でしょ!」


「こらこら、喧嘩しないの」


 二人のやりとりに、アメリア姐さんが介入する。弱ったように眉を下げて苦笑を浮かべると、エリスの頭を優しく撫でた。その母親らしい仕草に、また胸がキュンと高鳴る。


 すると、アメリア姐さんがふと表情を曇らせた。


「……けど、本当に最近物騒だから気をつけてね。まだ『リッパー』が街に潜んでいるみたいだから」


 話題を変えるように、そう言って眉根を寄せる。現状を危惧するように、悲しげに目を伏せるその姿——。


 その瞬間、胸が締め付けられる感覚を覚えた。


「……その、アメリア姐さん」


 躊躇いながら、言葉を紡ぐ。


 ——私は、なんて言おうとしているのだろう。


 言葉が出てこない。喉の奥で何かが引っかかって、うまく声にならない。


 しばらく気まずい沈黙が流れる。呼吸が止まるような感覚を覚えて、緊張したように喉を鳴らした。それでも、意を決して声を絞り出す。


「——……あのね」


「気をつけるのはアメリアでしょー! この高級娼館で一番綺麗なんだから」


「!」


 言葉を遮られた。


 ずっとこちらの様子を見ていたイザベラ姐さんが、するりと前に進み出る。呆然と彼女を見つめて固まっていると、私をよそにイザベラ姐さんがアメリア姐さんの肩を抱いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ