8-1
煌びやかなシャンデリアの光を浴びながら、姐さんたちに囲まれて戯れる。その温かな空気に包まれていると——ふと、遠い記憶が蘇ってきた。
それは、今から八年前。まだ幼かった頃の、断片的な記憶。
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——どれくらいの時間が経ったんだろう。
裸足のまま、人通りの多い道を一人でひたすら歩いていた。
ぺた……ぺた……と、小さな足音が街の喧騒にかき消される。石の地面が足の裏を刺すように冷たかった。痛みはあったはずなのに、なぜか感じない。
なんで私、歩いているんだろう。
いくら考えても答えは見つからない。何も思い出せない。ただ、歩みだけは止められなかった。それだけは、はっきりとわかっていた。
虚ろな瞳で石がいっぱいの地面を見つめながら、何かに取り憑かれたように無心で足を進める。足の裏が切れて血が滲んでも、構わなかった。私の意識の中では、ただ『どこかに行かなければ』という思考だけが頭を支配していた。
街灯が照らす夜道を、当てもなく彷徨う。どこに向かっているのかもわからない。けれど、足は勝手に動き続けた。
——すると、視界の端に赤い靴が映り込んで、一瞬だけ足が止まる。
『お嬢ちゃん。どうしたの?』
どこか心配そうな、けれど柔らかな声が頭上から降ってきた。
声をかけられた——その事実に気づいて、ゆっくりと顔を上げる。
夜の街を照らす街灯の光の中に、金茶色の綺麗な瞳がこちらを心配そうに見つめていた。その女性は、私と目線を合わせるようにゆっくりとしゃがみ込んでくれる。
『迷子かしら……お父さんとお母さんは?』
温かな手が、私の肩にそっと触れた。
その瞬間、体がビクッと震える。冷え切っていた体に、わずかな温もりが戻ってくるのを感じて——咄嗟に後ずさった。
女性の顔が、一瞬だけ驚いたように歪む。
『はぅ……ぁっ』
“逃げろ“と本能が叫んでいた。けれど、足がすくんで動けない。プルプルと体を震わせながら怯えたように目に涙を溜めると……彼女は困ったように眉を下げて、それでも柔らかな笑みを浮かべてみせた。
『あらあら、怖がらせてごめんなさいね。けど、放っておけなくて……』
彼女の安心させるような声色に、震えが少しだけ止まる。警戒するように彼女をじっと見つめていると……その陶器のような美しい手が、静かに差し伸べられた。
『私ね、一歳の娘がいるの。よかったら、この子と遊びながら一緒にお父さんとお母さんを探しましょう』
『……むすめ?』
初めて、声が出た。
彼女は初めて声を出した私を見て、わずかに目を見開く。少し身をひねって、背中の方をこちらに向けてくれた。
息を呑む。
そこには、彼女の背中で抱っこ紐に包まれた小さな生き物がいた。ぷっくりとした小さな生き物を呆然と見つめていると、その大きな金茶色の瞳と目が合って——そして、笑いかけられた。
『……赤ちゃん』
『そう。けど、お友達がいなくてね……よかったら、この子のお友達第一号になってくれない?』
そう言って屈託なく笑う彼女の、綺麗な笑顔。
呆然と口を半開きにしたまま、その手と彼女と赤ちゃんを交互に見る。どうしていいかわからなくて困惑した。どれくらい悩んだのか、正確には覚えていない。
——けれど、確かに私は彼女の温かな手の温もりに触れて、躊躇いながらきゅっと繋いだ。
彼女に促されるまま、抱っこされて夜の街を歩く。
けど、今度は一人じゃなかった。
赤ちゃんの無邪気な笑い声を子守唄に……私は初めて感じる彼女の胸の中で、静かに瞼を閉じた。
****
記憶の中から現実へと意識が戻る。
目の前には、あの時と同じ優しい笑顔があった。
「ふふ、なんだか楽しそうね」
肌の露出を控えた藍色の上品なドレスを身につけた娼婦——アメリア・ウィットモアが、金色の滑らかな髪を靡かせてこちらに近づいてくる。煌びやかなシャンデリアの光が彼女の髪に反射して、まるで後光が差しているように見えた。
すると、ずっと私たちを静かに見守っていたエリスが目を輝かせて、高級な娼館の床を蹴った。
アメリア姐さんに駆け寄って、飛び込むようにその柔らかな胸に顔を埋める。驚く彼女をよそに、エリスは甘えるように頬を擦りつけて、年相応に無邪気な笑顔を浮かべた。
「お母さんっ!」
「きゃっ! ふふ、もう……だめよ、エリス。まだ仕事中なんだから」
『お母さん』と呼ばれたアメリア姐さんが、自分の娘であるエリスに優しく微笑む。その口調には咎める要素が含まれていたが、声は相変わらず柔らかくて、エリスを慈しむように頭を撫でていた。
「だって〜」
「ふふ、エリスはいつまでも甘えん坊ね……それで、さっきは何の話で盛り上がってたの?」
「——っ」
話を戻すようにアメリア姐さんがそう言って、視線をこちらに向ける。
彼女の綺麗な金茶色の瞳と目が合った瞬間、心臓がドキッと跳ね上がって——思わず咄嗟に顔を逸らした。
「ふふ、聞いて驚かないでよ、アメリア……マティアが学園で告白されたんだって!」
「ちょっ!」
「まぁ」
一番言って欲しくない事実を告げられて、思わず青ざめて彼女を振り返る。
アメリア姐さんは驚いたように目を僅かに見開かせて、手を上品に口に当てた。そして——今度は嬉しそうに目を細めて、柔らかく微笑んだ。
「あらあら、嬉しいわ〜。ついにマティアにも素敵な人が見つかったのね」
アメリア姐さんが感慨深くそう言って、深く頷く。
——一方、私の心臓は凍りついた。




