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その言葉に、またピシッと全身が固まる。オズの足にしがみついたまま涙が引っ込んで、顔が青くなるのを感じた。会長の次の言葉が気になって、喉をゴクリと鳴らす。
会長は私を見てニヤッと笑った。
「——マティア・ピンプティ、本日付で生徒会風紀委員に任命する」
「……へっ?」
その言葉に、息を呑む。
生徒会……風紀委員……私が?
咄嗟に辺りを見回す。全員の視線が一点に私へ向けられているのに気づいて、思わずひっと小さく悲鳴を漏らすと涙目になった。
「む、無理です。無理無理無理っ」
「ジャック〜。この間、こんな手紙が届いたんだけど」
「? なんだ急に……」
「ひんぎゃあああああ!」
会長がポケットから取り出した手紙——まぎれもなく私の手紙を、風紀委員長の男性——ジャック・ドージャーに向けながら声をかけた瞬間、全身から冷や水を浴びたような悲鳴が飛び出た。
また視線が集中する。喉がひきつく。涙目になる。
「な、なんでっ……なんで私をっ」
体をガタガタ震わせながら会長を見上げると、彼はジャックから視線を外して今度はオズを見た。
ニヤッと口角を上げて、意地悪そうな笑みを向ける。
その表情になんとなく嫌な予感がするのに、そんな顔すら愛おしく感じてしまう自分に嫌気がさした。
「さあ、なんでだろうな。オズならわかりそうだけど?」
オズはその視線に気づいてピクッと眉を顰め、苛立たしげに会長を一瞥する。
やがて、諦めたように小さく息をついた。
「——お前が入ることを条件に、僕が生徒会に入ったからだ」
「………へ?」
また間の抜けた声が漏れた。
信じられない眼差しでしばらくオズを見上げていると、セドリック会長の軽い口調が続いた。
「なんでも、婚約者と一緒じゃなきゃ、やだってさ」
「……はい?」
婚 約 者。
聞き慣れない単語に、思わず聞き返した。
婚約者……誰が? 誰の?
頭が真っ白になる。しばらくしてはっと我に帰ると、私は慌てて言葉を紡いだ。
「い、いや。だって私、身請けの話は断って……っ」
「何を言っている。この間承諾してくれただろう」
「いつ⁉︎」
オズの言葉に声が裏返った。体中を冷や汗が流れ出す。そんな私をよそにオズは深緑色の瞳を細めると、何を言っているんだと言わんばかりに訝しげに眉を寄せた。
「忘れたとは言わせないぞ。愛していると言った僕に、お前は承諾をした」
「そ、そんなことしてな——」
そこで——ある記憶がフラッシュバックした。
あの夜。私がリッパーに扮していたことが見破られた、あの夜。霧の残った路地に、秋の風が吹いて。彼が差し出した手の温かさと一緒に、あの言葉が鮮明に脳裏を過ぎった。
『———お前が嫌われた分、僕が愛してやる』
……まさか。
全身の血の気が、引いた。
あの日……あの時、確かに私は彼に『ありがとう』と返した。ま、まさかあれを承諾と受け取ったなんてっ……!
「あばっ……あばばばっ」
白目を剥いて泡を吹きながら気絶しそうになる私を、オズはしばらく無言で見つめていた。
やがて、くすりと——笑う声が耳を掠める。
そして片膝を折って、私と視線を合わせるようにゆっくりとしゃがんだ。
「マティア」
柔らかな声が、鼓膜に落ちる。
はっと我に返って顔を向けると、深緑色の瞳と目が合った。
彼はまっすぐ私を見つめると、床にへたりこんだままの私の手を取って——口付けを落とした。
「———っ」
言葉を失った。目を見開いたまま何も言えないでいると、彼は続けた。
「僕の気持ちは変わらない……だから、もう一度言うぞ」
顔が、近い。もう逃げ場はなかった。放心している私をよそに、彼は言葉を続ける。
「——好きだ、マティア・ピンプティ。僕の生涯の伴侶となってくれ」
彼らしい、ストレートな告白だった。
あの日、初めて彼と会った時と——同じ告白だった。まさかここでもう一度されるなんて、思わなかった。
周囲から黄色い声が上がる。
私は彼を見つめたまま、時が止まったような感覚を覚えた。自分の瞳が大きく見開かれて、呼吸することさえ忘れてしまう。周囲のざわめきが、遠くなる。
夢かと思った。でも、彼の真摯な瞳がそれを現実だと告げていた。
心臓がうるさく脈を打つ。変な汗が、じんわりと体を伝う。
初めて——生まれて初めて、同じ人にもう一度告白された。
無意識にパーカーをぎゅっと掴んでいた。呼吸が浅い。心臓がうるさい。
私は彼をまっすぐ見つめた。深緑色の瞳の奥を深く見つめて……口を開いた。
「——おえっ!」
また盛大に吐くために。
「きゃー! だ、誰かバケツ! バケツ!」
ニーナさんの悲鳴が上がると同時に、周囲が慌ただしく動き出す。誰かが倒れかけた私を支えて、背中をさすってくれた。
(うぷっ……気持ち悪いっ)
胃が逆流するような気持ち悪さが体を支配する。喉を通る酸っぱい感覚と一緒に、胃に溜まっていたものが生徒会室の綺麗な床に盛大にばら撒かれた。
まさか本当に生徒会室で自分が汚物になる日が来るとは、誰が予想しただろうか。
吐き出した事実より、彼にもう一度告白された現実に困惑していた。しかも今回は正式な婚約者。鳥肌が全身を覆って、赤い点が身体中を埋め尽くしていく。
気絶する前、わずかに残る意識の中で彼を見つめた。
——予想通り、オズは顎に手を当てて観察するようにこちらを見ているだけ。助ける素振りなど微塵も見せない。
唯一違うのは——彼が嬉しそうに、この状況を笑っていることくらいだった。
「これからよろしく頼むぞ、マティア」
子供のような純粋な笑みを浮かべて私にそう語りかけると、誰かが彼の頭を思いっきり叩いて叱責した。
その様子を最後に、今度こそ私は意識を手放した。気持ち悪さと共に、深い闇の中に落ちていく。
こうして、私は彼の婚約者兼生徒会役員になることが決定した。
これが私の人生において何を示すのか、よくわからない。
もしかしたらオズという青年によって地獄に突き落とされるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ただ——彼と関わると先が思いやられる。そのことだけは確かな気がした。




