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76-1


 ———パン!


「ひんぎゃぁっ!」


 二人で生徒会室の扉を開けた途端、耳をつんざく音が弾けて——思わず体が浮くほど飛び跳ねた。


 閉じ込めていた息が、情けない悲鳴と一緒に漏れ出る。


 色鮮やかな紙吹雪が宙を舞った。赤、黄、青。重厚な作りの部屋の中で、それらはひらひらとゆらゆらと、何も急ぐことなく床に落ちていく。


「………へ?」


 間の抜けた声を漏らして、固まった。


 隣でオズが何も言わずに肩にかかった紙吹雪を、鬱陶しそうに手で払っている。心臓がまだドキドキしているのに、彼はいつもと変わらない温度だった。


 そんな私たちを待ち構えていたように、聞き覚えのある声が室内に響き渡った。


「お前ら退院おめでとう〜! そんで生徒会にようこそ〜!」


 部屋の奥、重厚な木製の机と椅子に堂々と鎮座するセドリック会長。その周りに立ち並ぶ生徒会メンバーたちが、それぞれクラッカーを手に持って私たちを出迎えていた。


 思わず口が半開きになる。呆然と立ち尽くしたまま、視線だけが室内をさまよう。


 ……え、なに。この状況。


 生徒会に足を運んだだけでお祝い? そんなお茶目な行動をする彼も好きだけどっ。


 生徒会メンバーたちが続け様に「おめでとう」と声を揃えて、笑顔のまま視線をこちらに集中させた。


「ひゃぅっ」


 その一斉に向けられた視線が居た堪れなくて、変な声が漏れた。咄嗟にオズの背中に隠れてフードを深く被る。


「……おい、僕は防御壁じゃないぞ」


「そ、そうだけどぉ……っ」


 呆れたようなオズの声に涙目になる。そんな私たちを見て、セドリック会長の隣に立つ女性——副会長のニーナさんが苦笑を浮かべた。


「あら、驚かせちゃったかしら。ごめんなさいね」


 申し訳なさそうに眉を下げながら、クラッカーを手に持ったまま続ける。


「この人が新しい生徒会メンバーを迎えるから盛大に祝おうって、だからつい乗っちゃって……」


「……せ、生徒会メンバー?」


 オズの背中越しに顔だけを覗かせて、目を瞬かせる。


 新しいって——誰のこと?


 状況が掴めずに首を傾げていると、そんな私の様子を察してか、誰かの深いため息がその場を埋めた。


「……お前、また説明を省いただろ」


 赤毛の長身の男性がじとりと赤い瞳を細めて、セドリック会長を見据える。じっとり、という言葉がこれほど似合う視線もそうない。


 その視線をよそに、会長は軽い笑みを浮かべて肩をすくめると、机に肘をかけて悠々と頬杖をついた。


「今、説明するとこ」


 それだけ言って、琥珀色の瞳を細める。少しの間があってから、会長は私に視線を向けた。


「そういえば、マティア。約束、覚えてるか?」


「………約束?」


 その言葉にさらに目を瞬かせて、キョトンとする。


 約束……言われてみれば、何かしていたような。


 考え込む私に彼が苦笑すると、オズに向かって指を指した。


「こいつを俺の代わりに勧誘できたら、なんでも願いを叶えてあげる約束」


 ——ピシッ。


 その言葉を聞いた瞬間、全身が氷のように固まった。


 血の気が、一気に引く。


 顔面蒼白とはまさにこのことだと思った。


 そ、そうだ。事件があったからすっかり忘れていたけど……そもそもオズを生徒会に入れるために彼に近づいて……それで私……。


「ぎぃやぁー‼︎」


 断末魔を上げながら頭を抱えて叫ぶ。周りがビクッと肩を震わせるのも構わず、私はオズの背中から飛び出して一歩前に踏み出した。


「あ、あのっ! ま、まだ間に合いますよねっ⁉︎」


 一ヶ月という期限をもらっていたことが頭を掠める。


 セドリック会長と付き合うチャンスを、逃すわけにはいかない。それに——あの恋文を露呈されるわけにもっ……!


 血走った目で縋るように、目の前の彼を見つめた。


 会長は頬杖をついたまま、琥珀色の瞳をゆっくりと細めると——ニコッと笑う。


「残念。余裕で期限過ぎちゃってまーす」


 笑いながら指でバッテンを作る。


 その笑顔と死刑宣告に、私は膝から崩れ落ちた。


 両手が床について、這うように四つん這いになる。


 ああ……そ、そんな……嘘だ。


 絶望のあまり、涙すら出てこない。


 終わった。人生、終わったわ。


 今更、あの恋文を書いたことも、会長をストーカーしていたことも後悔してももう遅い。あの手紙が晒されて公開処刑され、退学処分。いくあてもない私が一人で国をさすらう未来が、鮮明に見えて仕方なかった。


 重厚なカーペットを遠い目で見つめながら、これからの人生計画を頭の中で組み立て始める。


 すると——会長が肩をすくめて、軽く笑いながら続けた。


「まぁ、けど。今回はそいつの顔に免じて許してやるよ。……な? オズ」


「——え?」


 会長の言葉に我に帰って、顔を上げる。言っている意味がわからなくて目をまたたかせると、床に四つん這いのまま恐る恐るオズを振り返った。


「……オズ?」


「………はぁ」


 私を見下ろしながら、オズが大きなため息をつく。片手を腰に当てて、しばらく伏せた顔を床のどこかに向けていた。


 やがて、ゆっくりと顔を上げた。


 深緑色の瞳が、まっすぐ私を見据える。


「……本日付で生徒会書記になった。だから、お前はここにいていい」


 彼の言葉を飲み込むのに、数秒かかった。


 大きく目を見開いたまま、瞳が震える。視界が、じわりと滲んでいく。


「ぐすっ……うわぁん! オズ〜っ‼︎」


「わ、やめろ。足にひっつくな。鼻水で汚れる」


 衝動のまま体が動いて、彼の足に縋りついた。両腕でギュッと片足を抱きしめると、オズが目を見開いて私の頭を押さえながら引き剥がそうとする。


 けど——その手に、あまり力がなかった。どこか優しかった。


 それに気づいた瞬間、また涙が出そうになって、余計に腕の力が強くなった。


 二人のやりとりを見ていたセドリック会長が微笑ましそうに笑う。しばらくすると、こほんと軽く咳払いして顔を引き締めた。


「えー……喜んでいるところ悪いけど、期限が過ぎたからな。ペナルティは受けてもらうぞ」


「……ぺ、ペナルティ?」

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