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 生徒会に入会させられてから、数日が経った。


 校舎裏の階段に、一人で腰掛けていた。日当たりの悪い場所だった。壁に囲まれた狭い空間に、午後の光が斜めに差し込んで、石段の半分だけを白く照らしている。残りの半分は影の中。僕はその境目に座って、手帳を広げていた。


 ページの上に、いくつかの項目が並んでいる。僕だけにしか読めない字で書かれた、僕だけのリスト。


 その中の一つに、目が止まった。


 ——『生涯の伴侶を見つける』。


 制服のポケットから、ペンを取り出した。数日前、自分の太腿に突き刺したあのペン。軸にはまだ血の痕がうっすら残っている。インクの出は以前より悪くなっていたが、使えなくはない。


 ペン先をその項目に当てて——線を、一本引いた。


 インクが紙の繊維に沈んでいく。細い線が、文字の上を横切った。


 それを見下ろしながら、他のリストに目を移す。まだ線の引かれていない項目が、いくつも残っていた。


 ——不意に、視界の端で何かが光った。


 淡い青色の翅。


 蝶だった。どこからともなく現れて、僕の周囲をゆらゆらと舞っている。陽の光を受けて、翅の表面が硝子のようにきらめいた。


 やがてふわりと降りてきて——僕の肩に、止まった。


 不愉快だった。


『……ああ、やっと君のリストに一つ線が引かれたね。おめでとう』


 声が、頭の中に直接響いた。外から聞こえるのではなく、脳の内側を撫でるように伝わってくる。甘くて、気怠くて、どこか嘲りを含んだ声。


『けどタイムリミットまであと少し。全部埋められるかな?』


 顔を顰めた。手帳を乱暴に閉じて、立ち上がる。


「勝手にのぞくな老害め。後しばらく僕に声をかけるな、虫唾が走る」


 吐き捨てるように言いながら、手帳を制服のポケットにしまった。


 彼女は——気にも留めなかった。ケラケラと、神経を逆撫でするような笑い声を響かせる。


『ずいぶんな言い草だねぇ? ……ああ、もしかしてあの事件で私がマダムの記憶を操作して場を乱したこと、まだ怒っているのかい?』


 悪びれもしない声。くすくすと嗤いながら、続けた。


『だって仕方ないじゃないか。君があんなに「僕の人生に関与するな」って言っておきながら、私の名前を散々使って自由に動いてたんだよ? 釈然としないだろう』


「ふん、何が釈然としないだ、この陰湿根暗女。ただ純粋に面白そうだったから関与したかっただけだろ」


『……なんだ、バレてたか』


 つまらなさそうに唇を尖らせるような声。けれどすぐに、ふふっと笑った。


『けど、君はその程度で感情を浪費しない人間だったはずだよ。あの子を救うために体を壊して——ふふ、驚いた。非常に楽しかったよ』


 あの夜のことを思い出したように、声が弾んだ。それから——静かに続けた。


『そんなに激情に駆られるということは……よほど「マティア・ピンプティ」が大切みたいだね』


「……黙れ」


 彼女の名前が出た瞬間、眉が跳ねた。低い声で、蝶を睨みつける。


「魔女め。お前に何がわかる」


『……よーくわかってるよ。少なくとも、君よりはね』


 笑い声が止まった。


 意味深な囁き。その声色に苛立ちが増したが、彼女は構わずに続けた。


『言っておくが、彼女は君の知っている「あの人」じゃないかもしれないよ? 期待するだけ無駄に思えるけど』


「はっ。春の都『カプシリアン』のロードが何を言うかと思えば……ずいぶん消極的じゃないか。ただでさえ引きこもりのくせに」


 沈黙が落ちた——一瞬だけ。


 蝶の翅が、淡い青から赤く染まり始めた。苛立ちを隠す気もないらしい。僕の周囲を乱暴に飛び回り始めた。


『君こそ、あの子が同一人物かもわからないのに心を捧げるなんて! それこそ探究心を欠落させているんじゃないか? はは! どこで育て方を間違えたらこんな煩悩の塊になるのやら!』


 額に、青筋が浮かんだ。


「何が育てただ。『繭』の中にただ入れて栄養を与えただけだろ、この手抜き毒婦め!」


 毒婦。その一言が効いたらしい。


 蝶が真っ赤に輝いて、僕の頭の周りを攻撃するように何度も飛び回った。


『ばーか! ばーか! クソガキクソガキクソガキ!』


「老害老害老害!」


 不毛な罵り合いが、校舎裏の階段に響き渡った。


 傍から見れば、僕は一人で虚空に向かって叫んでいるだけだろう。通りかかった生徒がいたら、間違いなく不審者扱いされる。けれど——このやりとりは、もう日常と化していた。


 どれくらい経っただろう。


 お互い息が切れて、「ゼーハー」と肩で呼吸する間が流れた。先に冷静になったのは彼女の方だった。深い息をついて、声の調子を戻す。


『はぁ……もういい。本題に戻るとしよう。レイシー・ロンジェヴェティの処遇についてだ』


 その名前に、体がぴくりと反応した。


 息を整え終えて、蝶を見上げた。


「……あの女狐がどうした」


 まだ先ほどのやりとりを引きずって腹の底に苛立ちが残っていたが、つい聞いてしまった。鼻で笑いながら、続ける。


「まさか、本当に彼女を『女王』にするつもりか? 中立の立場が滑稽だな」


『ばーか、あほ、間抜け。私がいつ彼女を認めると言った?』


 呆れたように言い捨てて、溜め息混じりに続けた。


『あの子が「彼女」の後を継ぐのに相応しいかどうかを見定める……だから、今度フロストファージの雪の祭典が始まるまでに連れてきなさい』


「……なぜ雪の祭典の前なんだ」


『他のロードが彼女を蹴落とす前に、味見したくてね』


 くすくすと笑った。


『あの事件を一から作った少女……中々に興味深い。彼女の「秘密」を知りたい』


 楽しげな声だった。探究心と、それから——底の見えない好奇心。


 蝶が僕の肩からふわりと舞い上がった。陽の光の中を、青い翅がゆらゆらと昇っていく。


『中立の立場として、彼女に味方するか……それとも敵になるか。決めないとね』


 それが——最後の言葉だった。


 声が途切れた。蝶は光の中を舞いながら、少しずつ小さくなっていく。やがて空に溶けるように消えて——後には、午後の静けさだけが残った。


 深い溜め息をついた。


 なんて、面倒な。


 階段から腰を上げて、制服の埃を軽く払った。校舎裏の影から、陽の当たる通路へ足を踏み出す。


 今後起こるであろう面倒な出来事に——ただただ憂鬱な気分になりながら、僕はその場を後にした。

最後まで『リッパーの告白』を読んでくださり、本当にありがとうございました!


ここまでお付き合いいただけたことを、とても嬉しく思います。


もし作品を楽しんでいただけましたら、ブックマーク・評価・いいね・コメントなどをいただけると、次回作を制作する大きな励みになります。


また、本作に登場するレイシーは、別作品『白薔薇と混血の白騎士』にも登場しています。こちらをお読みいただくと、より世界観やキャラクターへの理解を深めていただけると思いますので、ご興味がありましたらぜひご覧ください。


さらに、BOOTHでは『リッパーの告白』の短編や電子書籍も頒布しております。詳細は自己紹介欄に掲載しておりますので、ご興味のある方はぜひお立ち寄りいただけると嬉しいです。


改めまして、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

また次の作品でお会いできることを心より楽しみにしております!

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