7-1
「マティア・ピンプティ!」
放課後を告げる鐘が高台から響き渡った瞬間、僕は重厚な教室の扉を開け放った。
高らかに彼女の名を呼ぶ。バンッと苛立たしげに大きな音を立てたものだから、まだ教室を出てすらいない教師までもが目を点にして僕に注目する。
——けど、そんな些細なこと。どうでもいい。
周囲を見渡して彼女の姿を探す。だが、深紅色のパーカーのフードを被った小柄な姿も、いつも抱えている人形も、どこにも見当たらない。
その代わり、広大で重厚な作りの教室の窓の一つが不自然に開け放たれていた。風でカーテンが靡く様子を見て、思わず目を細めて舌打ちする。
「……なるほど。逃げたな」
苛立ちに声が低くなる。けれど、僕が来ることを予見して逃げたその危機察知能力に、どこか感心を覚えた。
おそらくマティアが逃げたであろう窓を見つめながら、僕は数日前に告白したあの日の出来事を思い返す。
——そう、僕が彼女に告白してから数日が経った。
保健室まで運んで看病までしてやったというのに、目を離した隙にいなくなり。それならまだしも、翌日も翌々日もまるで存在が消えたように逃げられる始末……。
流石の僕も、腹に据えかねた
今度こそはと思い、放課後のチャイムが鳴る瞬間を見計らって来たが……。
「はぁ……まぁいい。彼女のパターンはもう読めた」
顎に手を添え、独り言を呟く。
そんな僕を珍妙な生き物を見るように周りが遠巻きに見ているが、いつものことだから気にしない。
……そうだ。
僕はニヤッと口角を上げた。
「もう追いかけっこは飽きた……乗り込むか」
****
「——……はぁ」
煌びやかなシャンデリアに照らされる娼館の床を箒で掃除しながら、思わず疲れたように大きなため息が漏れ出た。
美しい刺繍が施された高級なラグをほこり一つ残さないように丁寧に掃く。けれど、いつもより掃除に身が入らなくて、ただただ脱力したように白目を向いて、口から魂が抜け落ちるのを必死に留めていた。
もう嫌だ……なんなの、あの人……。
脳裏に思い出されるのは、あの日告白してきた青年——オズワルド・ウィズダム。
吐いてしまった私を面白そうに見下ろしたあの深緑色の瞳が忘れられない。もはやトラウマレベルのあの出来事に、体が勝手に身震いした。
「しかも、その後も私を追いかけまわすし……ぐすっ……もう怖いよ〜……」
あんな醜態を晒せば、大体の人はドン引きして百年の恋も覚めるだろうに……彼は違う。むしろ毎日のように私の教室まで来て追いかけるものだから、恐怖で仕方ない。
「うぅっ……もう関わりたくないよ〜」
えぐっ、えぐっと涙をポロポロこぼしながら鼻水を垂らす。
けれど、いつまでも逃げるわけにもいかない。彼を生徒会に入れなければ、私は学園を退学させられる。退学されるくらいなら、死んだ方がマシ…!
こんな試練を私に課してくる会長を恨めしく思いながらも、そんな辛辣な彼を想像してまた胸がキュンッと高鳴った。
「うぅ〜……」
「……もー、また泣いてる。そんなに泣いてたら、せっかく綺麗にした床が汚くなっちゃうでしょ」
「ひゃうっ!」
聞き慣れた声が耳に届き、後ろからかけられた言葉に一瞬ビクッと体を震わせる。恐る恐る声がした方を振り返ると、案の定見知った顔の少女がそこにいて、安堵の息をついた。
「……え、エリス」




