6-2
「待ちくたびれたぞ。なぜこんなに遅れた」
「ひぇっ」
ガ チ で い た。
まさか彼が本当に旧校舎で自分を待っているとは思わずに、ビクッと体を震わせる。
小さな悲鳴を上げ、プルプル震えながら勝手に目に涙が溜まった。
会長、すみません。嘘であって欲しかったです。
「あ、あ、あにょっ。は、は、は、はじめまちて。ま、まちあ・ぴんぴてぇですっ。今日もお、おひがらがよきゅっ。ちょ、ちょりもさえずり、みんなげんきで……」
「今日は曇りだし、鳥はさえずっていないし、全員学校で憂鬱だ」
「ぐはっ!」
的確な返しに謎のダメージが入る。
もしものことを考えて頭の中でいっぱいシミュレーションを繰り返したのに、いざ本番になると声が震えて舌が回らなくなった。
そんな自分が不甲斐なさすぎて、引き攣った笑みを浮かべながら目尻に涙を溜めた。
「い、生きててしゅみましぇん……」
「何もそこまで言ってないだろ……」
彼は呆れたようにそう言って深いため息をついて首を振った。それを見て反射的にビクッと体を震わせ、さらに萎縮する。
ああ、また自分の性格のせいで誰かに迷惑をかけた……。
自責の念を抱えて眉を下げながらも、チラッと改めて彼の様子を伺う。
少しくすんだ金色の癖毛の髪に、深緑色の綺麗な瞳。その端正な顔立ちは女子が惚れ惚れしそうなほど整っていたけれど……正直私からしてみれば、ただただ未知のものに遭遇したような恐怖しか感じなかった。
(ひぃん、怖いよー……なんで私を呼んだのー!)
心の中でしくしく泣きながら、気絶しそうな自分を奮い立たせて、なんとかその場に踏みとどまる。
その考えを察したように、目の前の彼——オズワルド・ウィズダムが訝しげに片眉を上げた。
「なんで僕が君を呼び出したのか不思議そうな顔をしているな」
「はぅっ!!」
図星を突かれて思わず変な声が出る。また体が勝手にプルプルと震えると、癖で視線があちこちに飛び回った。
「あ……あにょっ……なんでっ……」
「はっ! 愚問だな。僕に見破れないものなんてない」
彼が得意げに口角を上げて鼻を鳴らしながら、堂々と胸を張る。その仕草を呆然と見つめていたけれど、慌てて我に帰ると慌てて言葉を紡いだ。
「えっと……な、なんで私を……その……呼ん……だんですか?」
彼の堂々とした様子を見て、少し落ち着きが取り戻せた。
躊躇いながらそう聞いて萎縮しながらも、彼の様子を伺う。そんな私を見て、彼は一瞬目を見開くとまっすぐこちらを見据えて顎を撫でた。
「……ああ、それか」
今思い出したと言わんばかりに軽い口調が彼の口から漏れ出る。視線を逸らし、少し考えるように深緑色の瞳を伏せると……今度はまた私に視線を向け、静かに言葉を紡いだ。
「告白しにきた」
「そ、そうなんですか……告白……………へ?」
適当に話を合わせて帰ろうと思った矢先、思わず流してしまうところをもう一度聞き返す。
え、聞き間違い……?
「……い、いま。なんて……」
呆然と彼の顔を見つめ、口を半開きにする。
けれど、そんな自分の様子もお構いなしに、彼は腕を組んで、どこか蔑むように顎を上げると堂々と告げた。
「好きだ、マティア・ピンプティ。僕の生涯の伴侶となってくれ」
——その瞬間。時が止まった。
自分の瞳が大きく見開かれ、呼吸することさえ忘れてしまうほど、深く息を呑んでしまう。
二人の間に静寂が包む。吹き抜ける風がやけに大きく、耳の鼓膜によく届いた。
あまりにもストレートすぎる告白……一瞬夢かと錯覚したけれど、彼の真摯な表情を見てこれが現実だと自覚する。
心臓がうるさく脈を打ち、変な汗がじんわりと体を伝う。
初めて……生まれて初めて、誰かに好意を向けられた。
無意識に私は自分の心臓を掴むようにパーカーをぎゅっと掴む。呼吸が浅い。心臓がうるさい。
私は彼をまっすぐ見据え、その深緑色の瞳を深く見つめると……口を開いた。
「——おえっ!」
盛大に吐くために。
(え、え? え!? こ、告白された? 私が? なんで!?)
胃が逆流するような気持ち悪さが体を支配する。何か酸っぱい感覚が喉を通ると、胃に溜まった食べ物が旧校舎前の地面に盛大にばら撒かれた。
吐き出した事実より、自分が告白された現実に困惑する。
だが、彼は顎に手を当てて観察するように見ているだけで、助ける様子なんて微塵も見せなかった。
「……ふむ。告白は承諾か拒否の二択だと思ったが……なるほど。そんな選択肢もあったか」
吐く選択肢ってなに!?
気持ち悪さに負けて膝から崩れ落ちる。なんとか体を支えようと地面に手をつけて、意図せず四つん這いになる。ツッコむ気力さえない。あまりの気持ち悪さに、勝手に目から涙と鼻水がダラダラと出てきた。
告白されただけでなんでこんなに生理的な拒否反応を見せるの?
『気持ち悪い』で埋め尽くされた私の頭の中で深く考える。けれどそんな状態で考えたところでたかが知れているのか、全く答えが出てこなかった。
「……おぇっ! ……ぐずっ……ぅっ……なんじぇ……」
こんな私の状態を見ても助けもせず、まだ面白いおもちゃを見つめるようにあごに手を添えて面白そうに観察する。
そんな彼を絶望したような……けど色々と汚くてみっともない顔で見上げた。
——あ、絶対この人。性格悪い。
直感的にそう察する。まさかこんな人物だったとは知らずに、まだ吐き気を催しながら、必死に言葉を紡いだ。
「うぷっ……なん……で……私をっ……」
自分の謎の吐き気より、なぜ彼が自分を好きになったのか気になって、思わず吐くのを我慢しながらそう尋ねる。すると、彼は少し考えるように宙を見上げて沈黙した後、今度は私と目線が合うようにしゃがんだ。
観察するように訝しげに眉を寄せ、その瞳を細めると、重い口を開いた。
「………顔? いや、胸か?」
——なぜ疑問系?
その言葉を最後に私の視界が暗転する。絶対白目になったなと気づいた時には、私は嘔吐物の中に倒れ込んで意識を手放していた。




