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「私、レイシーって言うの。前に教室が一緒になったことがあるんだけど……覚えていないかしら?」
「あ、あにょっ……しゅ、しゅみましぇんっ」
呂律が完全に死んでいた。こんな美少女が同じ教室にいたら絶対に気づくはずなのに、記憶をどれだけ巡らせても思い出せない。申し訳なさに眉が下がると、レイシーは柔らかく首を振った。
「謝らないで、最近復学したばかりだから覚えていないのも当然だわ」
——天使かな?
先日死にかけたばかりだが、今まさに昇天しそうだった。
レイシーの視線が、私の胸元に抱かれた人形に向いた。
「……素敵なお人形さんね。とても大切なものなの?」
はっと我に返った。視線が下に向く。
アメリア姐さんの姿を模した人形。
記憶の中の金色の髪を、お気に入りだったドレスを、一つも忘れたくなくて何度も縫い直した——私だけの、世界でたった一つの宝物。
アメリア姐さんの笑顔が脳裏を過ぎって——少しだけ涙が出そうになった。
大切に抱きしめ直して、泣き笑いを浮かべる。
「……うん、すごく大事な人なんだ」
レイシーの澄んだ青い瞳が、わずかに見開かれた。少しの沈黙。それから——柔らかく微笑んだ。
「そう。マティアちゃんに大切に想われて、その人は幸せね」
「幸せ……かな」
自信はなかった。でも、姐さんの手紙にはそう書いてあった。あの字を信じるなら——そうなのかもしれない。
レイシーが小さく首を振った。
「ええ、少なくとも私は羨ましいわ」
「? 羨ましい——ふぎゃっ⁉︎」
レイシーが私の手を優しく引き寄せて、自分の頬にそっと沿わせた。体がびくりと跳ねる。顔が一瞬で茹で上がった。
やわらかい。ちょっと冷たい。やわらかい。
「ねぇ、マティアちゃん。そのお人形、自分で作ったの?」
「え、あ、あ、あにょっ。はいっ!」
背筋がぴんと伸びた。そんな私を見てレイシーがくすくすと笑う。引き寄せたままの私の手を、宝物を撫でるようにそっと指先で辿った。全身がとろけそうになった。
「すごいわ、とっても器用なのね……私、実は人形作りに興味があるの」
そう言って微笑む。もう完全に骨抜きだった。
「今度空いた日に、友達として教えてくれないかしら……二人っきりで」
「喜んでっ‼︎」
即答だった。断る理由なんて一つも見つからなかった。いつもなら人が怖くて逃げ出す私なのに、彼女の前では体が勝手に頷いていた。
レイシーが花の綻ぶような笑顔を浮かべて、私の手をきゅっと細い指で握った。
「ふふ、嬉しい。約束ね」
「ひゃ、ひゃいぃっ……」
もう腰が砕けそうだった。頭がぼうっとして、視界がふわふわする。
——その後の記憶は、ほとんど曖昧だった。
気づいたら連絡先を交換していた。いつ携帯を出したのかも覚えていない。震える手でスカートのポケットにしまったことだけが、断片的に残っている。
レイシーが何か話しかけてくれていた気がするけれど、子守唄みたいに耳を通り抜けていった。
最後に見た彼女は、可愛らしく手を振って笑っていた。
「一緒に話していて楽しかった。またね、ティアちゃん」
「ま、まひゃね……」
いつの間にか愛称で呼び合う仲になっていた。レイシーが階段を下りていく。曲がり角で姿が消えるまで、私はずっと小さく手を振り続けていた。
「うへっ……うへへへっ」
別れたばかりなのに、もう会いたい。あの笑顔が頭に焼きついて離れない。気がついたら踊り場に寝転がって、ミミズみたいに身を捩っていた。たまたま通りかかった生徒に、ものすごい目で見られた。
先日あんな事件があったばかりなのに、今の自分に呆れる。でも——この衝動には、抗えなかった。
——この時の私は、知らなかった。
彼女が曲がり角から姿を消す直前、冷たく目を細めてこちらを見据えていたことに。




