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「……よしっ」
階段の踊り場に設置された姿見の前で、私は制服の裾を引っ張って最後の確認をしていた。
いつもの制服の上に深紅色のパーカーを羽織った姿が鏡に映っている。久しぶりに袖を通した制服はどこか新鮮で、自分の体なのにしっくりこない。数週間着ていなかっただけなのに、袖の長さも襟の高さも、少しだけよそよそしかった。
(スカートの丈も規則通りだし……多分、問題ない。はず。うん)
鏡の中の自分の表情が、ぎこちない。
それもそのはずだった。復学初日だというのに、いきなり生徒会室に呼び出されている。
(な、なんで呼ばれたんだろう……わ、私まだ何もしてないはずなんだけど⁉︎)
鏡の前で顔が青ざめて、視界がぐらりと揺れた。白目を剥きかけて——踏みとどまる。
お、落ち着け。落ち着け私。こういう時は、いつものルーティンだ。
パーカーのフードを深く被って、内側に手を入れた。いつもここにいてくれる大切な人形を取り出して、ぎゅっと抱きしめれば落ち着く。いつもそうだった。
手が、空を掻いた。
「……あ、あれ?」
ない。
何度もパーカーの内側をまさぐった。右のポケット。左のポケット。裏地の縫い目の辺り。どこにもいない。顔から血の気が引いた。
パーカーを脱いで、ばさばさとはためかせた。何も落ちてこない。
「な、なんで⁉︎」
寮を出た時には確かにあったはず。落ちないように内側の設計を改造してあるのに——どこで。いつ。
鏡の前で涙目になって、天を仰いだ。
「うぅっ……復学初日なのにっ」
「ねぇ」
「ひんぎゃっ‼︎」
背後からの声に、体が反射的に跳ねた。心臓が喉まで飛び上がる。全身を石のように硬直させたまま、ぎぎぎっと首だけで振り返ると——。
声をかけてきた少女の手の中に、小さな人形があった。
「アメリア姐さんっ!」
声が弾んだ。安堵が全身を駆け抜けて、膝から力が抜けそうになった。差し出された人形を受け取って、ぎゅっと胸に抱きしめる。目尻にじわりと涙が滲んだ。
よかった。見つかった。
しばらくそうしていると、少女が穏やかな声で話しかけてきた。
「よかった、そこに落ちていたから、もしかしたらって思ったんだけど……やっぱりマティアちゃんのだったのね」
「………え、なんで名前——」
言いかけて、顔を上げる。言葉が途切れた。
「はわ……っ」
口が半開きのまま、固まる。心臓がどくんと跳ねて、頬に熱が昇った。
「はわわわわわっ」
美しく波打つ白い髪が、踊り場の窓から差し込む光を受けて透き通るように輝いていた。青空をそのまま閉じ込めたような、澄んだ青い瞳。陶器のように滑らかな白い肌に、整った目鼻立ち。
人形みたいだった。本物の、生きている人形。
その少女が、天使のような笑顔でこちらに微笑みかけている。
「大丈夫? 顔が赤いけど……」
「! だ、大丈夫でしゅっ!」
噛んだ。盛大に噛んだ。顔がさらに真っ赤になる。目の前の美少女がきょとんとこちらを見つめていて——可愛いっ。その小さな仕草だけで心臓が鷲掴みにされた。
「あ、あにょっ……ひ、拾ってくれて……その……あ、ありがとうごじゃいましたっ」
また噛んだ。もう穴があったら入りたい。彼女の視線に耐えきれなくて、お礼をするふりして勢いよく頭を下げた。真っ赤な顔を隠すように俯いたまま、しばらく上げられなかった。
この時の私は知らなかった。頭を下げた私を見て、彼女の目が一瞬だけ細まったことを。
「……そんな、お礼を言われるようなことじゃないわ」
「ひゃいっ⁉︎」
彼女が一歩近づいて、私の手をそっと両手で包んだ。弾かれたように顔を上げる。近い。顔が近い。いい匂いがする。姐さんを落としそうになって、ぎりぎり掴み直した。
至近距離で微笑む彼女に、頭がくらくらした。




