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エリスが——生きている。
手紙を握る指が震えた。慌てて封筒を裏返す。差出人の欄に、丸っこい文字で彼女の名前が書かれていた。インクは新しい。つい最近書かれたものだと、すぐにわかった。
言葉が出なかった。
だって——あの時、確かにこの腕の中で吐血して崩れ落ちたのだ。撃たれて、動かなくなって、もう二度と目を開けないのだと思った。
けれど——生きていた。
あの夜、駆けつけた救急隊が彼女の命を繋いでくれたのだ。
瞼が熱くなった。喉の奥がきゅっと絞まって、息がうまくできない。
生きていた。生きていたっ。
視界がぐしゃぐしゃに滲んだ。涙が頬を伝って、冷たい石床の上にぽたぽたと落ちた。
「うぅっ……ひくっ……」
しゃっくりが止まらなかった。手紙が涙で濡れそうになって——はっとした。
だめだ、手紙が汚れる。
何度もコートの袖で目元を拭った。拭っても拭っても涙が溢れてくる。けれど、手紙だけは濡らすまいと必死に腕を動かし続けて——やっと、少しだけ治まった。
鼻を啜りながら、封を開けた。左手一本で、もどかしいくらいゆっくりと。
畳まれた便箋を広げる。
『マティアお姉ちゃんへ』
丸い文字。可愛らしくて、少しだけ歪んでいる——ちゃんと、エリスの字だった。それだけで、また涙が込み上げた。堪えた。堪えて、読み始めた。
『お元気ですか? 私は大人の人たちに手術をしてもらって、なんとか生きています。心配かけてごめんなさい』
——心配かけてごめんなさい、じゃないよ…無事でよかったっ。
心の中でそう呟いて、唇を噛んだ。
『……あのね、お姉ちゃんを悪者にしようとして、ごめんなさい。あの日、中庭でマダムに捕まって……お母さんのことを聞かされたの』
私ははっと息を呑んだ。自然と手紙を握る手が強くなった。
『お母さんのためって言われて、気がついたら言われるがままに……秘密基地にしていたあの場所に、白骨遺体をマダムと一緒に隠していた。それで、お姉ちゃんのせいにした』
……そうだったんだ。
胸の奥がじわりと痛んだ。あの時、もっとそばにいれば——そう思っても、遅いとわかっていた。
『記憶が曖昧で、うまく説明できないけど……本当にごめんなさい』
無意識に、首を小さく振っていた。
『怒ってる…よね。 許してくれると思っていないけど、どうしても言いたかったの』
怒ってなんかいない。エリスは何も悪くないし謝る必要なんて、どこにもない。謝らなきゃいけないのは、私の方なのにっ。
文字を追う目が、次の行に移った瞬間——思考が、止まった。
『——後、お母さんが亡くなったのを聞きました』
息を、呑んだ。
手紙を握る指が無意識に強くなった。便箋の端が僅かに皺を寄せる。指先が震えている。
続きを読むのが怖かった。目を伏せかけた。けれど、唇を引き結んで視線を戻した。
『お姉ちゃんが最後にお母さんのそばにいたって聞きました。私の代わりに一緒にいてあげてありがとう……お母さんも嬉しかったと思う』
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
——嬉しかった?
私は救えなかったのに。姐さんの喉を貫くことすら満足にできなくて、最後は誰かに助けてもらって、泣きながらしがみつくことしかできなかったのに。
責められるべきなのにっ。
無意識に、姐さんの気持ちを探ろうとした。あの最期の瞬間、何を思っていたのか。あの両手で私を包んでくれた時、姐さんの中に何が残っていたのか。
答えは、返ってこなかった。当たり前だった。もう、どこにもいないのだから。
『本当は会ってごめんねって言いたいけど、ハートヴェールを離れることにしたの』
「——ぇ」
掠れた声が漏れた。
『お姉ちゃんともっと一緒にいたいけど……ここにいるとお母さんを探しちゃうから、遠くの学校に通おうと思います。だから、ごめんね。しばらく会えない』
指に力がこもった。便箋が少し歪んだ。
文字の一部が滲んでいた。インクが涙で溶けたような、小さな染み。自分と同じように泣きながら書いたのだろうか。そう思うだけで、胸が張り裂けそうだった。
『お姉ちゃん。お母さんは最後にお姉ちゃんが一緒にいてくれて幸せだったと思う。私もお母さんもずっと大好きだよ——エリス』
最後まで読み終えた時、涙が止まらなかった。
色んな想いが交差して、絡まって、解けなくなってただ泣くことしかできなかった。
エリスはどんな気持ちでこの手紙を書いたのだろう。会って、直接聞きたい。抱きしめて、ごめんねって言いたい。けど——できない。きっと彼女が私に会ったら、姐さんの面影を追ってしまうから。
しゃっくりを上げながら、コートの袖でもう一度涙を拭った。
その時——涙の雫が、手紙の上に落ちた。
「あっ!」
だ、だめっ。せっかくの手紙がっ。
慌てて左手の袖口で水滴を拭おうとして——ふと、手紙の一番下に小さく書き添えられた文字に気づいた。
『追伸: ヘンリーさんがお母さんと私の家に行った時、瓦礫の中に箱を見つけたんだって……よかったら読んでね』
「……箱?」
首を傾げた。
——あ。
そういえば、もう一通あったんだった。
エリスの手紙をそっと膝の上に置いて、二通目の封筒に手を伸ばした。
指先が触れた瞬間——固まった。
少し煤けた封筒。焼け焦げた跡が端に残っている。瓦礫の中にあったというのが、見ただけでわかった。
けれど、それよりも表に綴られた文字に、目が釘付けになった。
綺麗な字だった。流れるような筆跡。丁寧で、品があって、どこか温かい。
見覚えがあった。いや——間違えるはずがなかった。幼い頃から何度も見た字。買い物のメモに。エリスへの書き置きに。私の宿題を見てくれた時の赤い字に。
封筒の表に、『マティア』と——私の名前が綴られていた。
「アメリア……姐さん……?」
声が、震えた。
瞳が揺れた。涙で滲む視界の中で、その文字だけが鮮明に見えた。
考えるよりも先に——封を、開けていた。




