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掠れた声が出た。呆然とする私を見て、彼がにやっと笑う。
その両手に、湯気の立つマグカップが二つ。こちらに見せるように持ち上げて、言った。
「ここ寒くない? 一緒にココア飲もうぜ」
「………え」
予想もしない申し出に、目が大きく見開かれた。
今までの自分なら——彼が持ってきたものなら、何にでも飛びついていただろう。けど、今はそんな気分じゃなかった。
不意に、目を伏せる。
「……いえ、あの……すみません。大丈夫です……ありがとうございます」
「ふーん、わかった」
追及しなかった。無理に押し付けもしなかった。
けれど——帰らなかった。
セドリック会長は格子の前の冷たい石床にそのまま腰を下ろすと、片方のココアを地面に置いて、もう片方を口に運んだ。ずず、と啜る音が静かな通路に響いた。
帰らないその姿に、呆然としたまま呟いた。
「……あの、帰らないんですか?」
「お前が牢屋から出たらな。本当は釈放命令出てるんだろ」
びくり、と体が震えた。
そう——釈放は、認められている。他の姐さんたちと同じように、監視付きで。でも、私は出なかった。出たくなかった。この牢の中にいる方が、まだ息ができた。外に出たら——あの街の跡を見て、姐さんのいない空気を吸って、生きていることに耐えられなくなる気がした。
「お前、痩せたな……飯も碌に食ってないだろ」
「うっ……ええ、まぁ」
俯いた。
その通りだった。食欲がなかった。最近は食べても戻すようになっていた。食べると生きている実感がして、それが——罪悪感になった。
(私が……もっと早く姐さんの異変に気づいていたら……あの時、リッパーとして自首していれば……)
何度も何度も繰り返した後悔が、また頭の中を回る。答えは出ない。過去は変えられない。わかっている。わかっているのに——自分を、許せなかった。
不意に、ある顔が脳裏を過ぎった。深緑色の瞳。くすんだ金色の髪。あの夜、私がリッパーだと見抜いて、一緒に姐さんを止めようと手を差し伸べた青年。
「あの……オズ……オズワルドくんは、無事ですか?」
恐る恐る聞いた。声が小さくて、自分でも聞き取れたか不安だった。
会長が目を瞬かせて、ふっと笑った。肩をすくめる。
「無事無事。まぁ、今もまだ入院中だけどな。相変わらず皮肉言って看護師困らせてる」
「そう……ですか」
——くすっ、と。
小さな笑いが、唇から漏れた。力のない、掠れた笑い。でも——事件の後、初めて笑った気がした。
彼らしい。あの人は、どこにいてもああなんだろう。
あの夜から一度も会えていなかった。ずっと気になっていた。元気で——よかった。
その笑みを見たセドリック会長が、一瞬だけ柔らかく目を細めた。けれどそれは一瞬で、すぐにいつもの軽い口調に戻った。
「オズもそうだけど、憲兵の副隊長さんも元気だぞ。今は退院したけど……面会拒否してるんだってな」
「うっ……」
喉が詰まった。
気まずさに目を泳がせて、膝を抱えてうずくまった。
ヘンリーさんが面会に来てくれたことは、看守から聞いていた。でも——会えなかった。合わせる顔がなかった。アメリア姐さんを死なせた私が、彼の前に立てるわけがなかった。
何も答えない私に、セドリック会長が小さく息をついた。
それから——コートのポケットに手を突っ込んで、がさごそと探った。取り出されたのは、二通の手紙だった。
「多分、会えないだろうからって、俺にこれを預けたぞ」
「……?」
呆然と、その二通を見つめた。
会長が格子の隙間からこちらに差し出す。受け取れ、と言わんばかりに。
私はベッドから降りた。足が震えた。事件の後遺症で、まだ体が言うことを聞かない。それでも——なぜか、受け取らなきゃいけない気がした。
足を引きずって、格子に近づく。左手を伸ばして、恐る恐る二通の便箋を受け取った。
一体、誰から——。
訝しげに眉を寄せて、一番上の封筒を見た。
——息を、呑んだ。
丸っこい文字。見覚えのある、あの字。
「———エリス?」




