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69-1

 ——事件から、数週間が過ぎた。


 アメリア姐さんの遺体は特殊部隊によって回収された。のちに処分されたと、看守たちが廊下の向こうで小声で話しているのを聞いた。聞きたくなかった。でも、耳は勝手に拾ってしまった。


 ホーソーン地区は国の補助で建て直しが決まったらしい。けれど、いつ復旧の目処が立つかはわからないと誰かが言っていた。あの色街で暮らしていた娼婦たちは行き場を失ったが、ハートヴェールの住民たちの声もあって、娼婦としてではない形で保護先が用意されることになったそうだ。


 事件に加担した私たちは、犯罪を隠蔽した罪で逮捕された。けれど、その犯罪に加担するに至った経緯も考慮されて、マダム以外の全員は減刑。罪は消えないものの、国の監視下の元で釈放された。


 ——私を、除いて。


「はぁ……」


 白い息が、唇の先で生まれて消えた。


 悴んだ左手に縫い針を持って、焼けてしまったお兄ちゃんとお姉ちゃんを新しく縫い直していた。右腕は包帯でぐるぐるに巻かれて胸の前に固定されている。動かせない。だからベッドの上であぐらをかいて、膝と太腿で布地を押さえながら、左手一本でちくちくと針を進めるしかなかった。


 空中監獄——『ドージャー』。


 私たち亜人が罪を犯した時に入れられる、『赤の最果て』。


 文字通り空中に浮かんでいる監獄だった。空気が薄くて、息を吸うたびに肺の奥が冷たい。壁も床も鉄と石でできていて、どこに触れても指先の体温を奪っていく。窓のない独房の中は薄暗くて、天井の隅に嵌め込まれた小さな灯りだけが、青白い光を落としていた。


 並大抵の亜人でなければ動くことすらままならない、この国で最も地獄に近い場所。


 ——今の私には、ぴったりだった。


「……ぁ」


 針が指先に刺さった。小さな血の珠が滲む。寒さのせいか、痛みはほとんどなかった。


 けど——もう、どうでもいい。


 そのまま、お兄ちゃんを縫い続けた。


(このまま、凍えて死ねたらいいのに)


 心の中で、ぽつりとそう呟いた。


 死にたかった。死を望んで、頑なにこの牢から出ようとしない私に、看守たちは温かなコートを着せた。帽子を被せた。いらないと何度言っても、毛布を何枚も持ってきた。手をつけられないとわかっていても、温かなご飯を毎日運んできた。


 本当にここが監獄なのか、疑いたくなるような待遇だった。最初は困惑した。でも、すぐにそれもどうでもよくなった。


 アメリア姐さんを、死なせた。


 エリスも、もう戻ってこない。


 いっそ——この針で、自分の首を掻っ切ろうか。


 ぼんやりとそんなことを考えながら、虚ろな目で針先を見つめていた。光の加減で鈍く光る金属の先端が、揺れもせずにそこにある。


 ——コンコン。


 鉄の鈍い音が、牢屋の格子を叩いた。


 ゆっくりと、音のした方を振り向く。


 琥珀色の瞳と、目が合った。


「おーい。生きてるかー?」


 軽い声。軽い笑顔。私とは対照的な温度を纏った男が、格子の向こうに立っていた。


 わずかに——目を見張った。


「セドリック……会長?」

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