俺の処方箋
校門で女生徒を絞め落とすという俺の鬼畜な行いは、瞬く間に全校生徒の知る所となり、俺は名実共にフランケンとなってしまった。当然、教師にも知られ、俺と海藻女は職員室という前座をふっ飛ばし、いきなり校長室へと呼ばれたわけだが、海藻女改め西岡が役所のほうに決闘申請の書類を出しておいてくれた事で大事にはならなかった。
まあ、場所を選べときついお叱り受けたのだが。
しかしながら、許可を取れば全てが許されるわけではない。俺が花も恥じらう年頃の乙女を絞め技で落とした挙句、後ろから抱きついた(意識を取り戻させる為に)というのは事実であるため。その事を糾弾する声もちらほらとあるらしい。
幸いなのはこの地区の特殊性だろうか。格闘技をやっている連中が他の地区より高い割合で居る上、常日頃から喧嘩をしているような連中は、真剣勝負と言うものに対して美学のようなものを持っているらしく。そういった連中には、向かってきたんだから真剣にやるのが礼儀だという考えの奴も多い。
ほとんどが巌の様な大男なのだが……
当然、格闘技などとは無縁なフェミニスト共にはフランケンの前に最終鬼畜という嫌な四字熟語が付け足されているらしい。まあ、発信源は幼なじみのチビだろう。
元々高くはない俺の株がこれ以上ないくらいの下落を見せ、そのことに対し本人がすこしばかりの絶望を覚えようとも。時間の流れは止められない。あの校門での事件から一週間がたっても俺の噂は下火にならず、俺が学校へ入ると、モーゼが海を渡るかの如く人が左右へと道を開ける。最近は学校へ向かうのが嫌でしょうがない。
引きずるような足取りで歩いていると。後ろからちんまい幼なじみにケツを蹴り飛ばされた。
「いつまで辛気くせえ面してんだよ鬱陶しい」
「なんだ、七海じゃないか。今日も小さくて可愛いな。お父さんはお前の……」
「てめえ、いつから私の父親になったんだよ!さぶいぼ立つから冗談でもヤメロよ腑抜け」
いい天気だな。俺の心の中とは大違いだな。まるでお天道さまにまで俺の外道な行いを糾弾されてるようだ。綺麗な青空だな。俺の心のなかとは正反対だな。まるで……
「ああ、もう遅刻すんだろ。キビキビ歩くんだよ。もう、しょうがないやつだな」
誰かに手を引かれてる。俺を何処に連れて行くつもりなんだろう。手を引かれるのなんて何年ぶりだろう。そういえば昔お母さんとデパートに行った時が最後だっけ。
「お母さん、ボクおもちゃ売り場に行きたいよ」
「私がいつお前の母親になったんだよ!テメエと同じDNA共有するなんて死んでもゴメンなんだよ。ほら帰ってこいよ。現実(学校)についたぞ」
頬が何度か叩かれる。短い現実逃避から帰還した俺の目の前にはそびえ立つ白い巨塔。
「ああ、着いたのか。慎平は?」
「……先行かしたよ。遅刻するといけないから」
「ああ、そう」
そうか、慎平にもとうとう愛想つかされたかな。
本当俺って最低。ゴミクズ。フランケン。
「私のせいか?」
唐突に七海が俺にそんな事を問いかけてきた。
「なにが?」
「今のアンタの状態だよ腑抜けちまってさ。私のせいでそうなっちまったのかって聞いてんだよ」
なぜ、こいつがこんな質問をしてきたのかは分からないが、それにはこう答えることにする。
「……それは、違うんじゃないか?」
「だって私があの時アンタに色々言って。それでアンタが怒って。あんな事になって。私のせいじゃんかよ!」
正直、あの時の話題はあまり出したくない。のだが、七海は退いてくれない。若干イラ付いたが、なんとか普段通りに返せたと思う。
「いや。それとこれとは別だろ」
「どう別なんだよ!?」
本当になんでこいつはこんなに突っかかってくるんだよ。
「確かにあの時、俺はお前の言葉に苛立ってあんな事になっちまったけどよ。その後の行動の結果までお前の責任にするつもりはない」
本当これに尽きる。
「それじゃあ。その前は私の責任だろ」
何だこいつ、いつまでもグチグチ過ぎたことを……
「違うって!」
早く終わらせたい話題を、妙に引き伸ばす七海にイライラして少し声を荒らげてしまった。やはり俺って最低だ。
「どう違うってんだよ!?私の言葉がキッカケでアンタがキレたんじゃないか!そう思ってんならそう思ってるってハッキリ言えよ!腑抜けてまでカッコつけんなよ!」
なんだ?こいつ、いつもと様子が違う。突っかかるっていうか。なんつうか……
「何怒ってんだよお前……」
なんだ、突っかかってるのは俺もじゃないか。
「別に怒ってねえよ!」
こいつはこいつで、なんか意地になってるし。
「いや怒ってんじゃん」
俺も何を意地になってんのかね。本当に馬鹿だ。
「怒ってない!」
なんだか、変なスイッチが入ってしまったらしい。顔を真赤にしながら目尻に涙を溜めているその顔を見た俺は、なんとも言えない罪悪を感じてしまう。本当だよ。自分で招いた不名誉を嘆いて俺は目の前の幼なじみに当たっていたんだ。自覚はなかったが、思い返してみれば、結構コイツにキツイ態度を取っていたのかもしれない。
だが、罪悪感に負けて。ここで肝心な部分を誤魔化した格好付けた正論なんか話せばコイツは本気で怒る。多分、今までに無いくらいな。
腑抜けてまで格好付けるな、ね。まあ、そのとおりだな。
「まあ、本音を言えば、少しだけど、あの時お前があそこで挑発して来なけりゃこんなことには成らなかったのにと思っちまったよ。我ながら嫌な奴だと思うけどな」
自嘲気味に言い捨てる俺を暫く見据えていた七海だったが、やがて
「……ごめん」
そんな事を言ったもんだから驚いた。こいつが俺に謝ったのもそうだが、こいつが謝る必要等ない。本気でそんな風に思っていた。さっきのアイツに言った本心だって浮かんできた瞬間に反吐が出ると切って捨てた様な考えだったのだ。
「謝るなよ。らしくない」
「あんたの方がらしくない」
らしくない、か。確かにそうだよな。思えばこの頃の俺は確かにらしくなかったな。こいつもそんな俺を心配してくれたのだろうか。
「俺の方も悪かったよ。俺が腑抜けてた内にお前の事も追い込んでたなんてな。本当に悪かった。もう大丈夫だ。ありがとう」
俺はそう言って深々と頭を下げた。一つだけわかった。心から相手に悪いと思うと人間は自然と頭が下がるらしい。
「ふふ」
七海の安堵した様な笑い声が頭越しに聞こえてきた。
なんだ、こいつ結構……
「勘違いするなよフランケン」
勘違いだった。
「……あ?」
「誰がお前の腑抜け具合に責任なんか感じるかボケ。私はお前の母親じゃねえんだよ。私はただあん時の責任の所在をハッキリさせたかっただけだバーカ」
前言撤回、このクソチビ。一々腹立つわ。
「何だとこの野郎、人が殊勝に頭下げりゃいい気になりやがって。さっきまで泣きそうな顔してたくせにこの野郎」
「だ、誰がなきそうな顔してたってんだよ!大方、腑抜けすぎて顔だけじゃなくて目も悪くなてたんだろ。回復したそのその目でよーく私を見てみろよ。私がお前にそんな殊勝な反応する様にみえるか」
ああ、悪かったよ。俺が間違ってた。あれはきっと弱った俺の心が見せた幻なんだ。例え一瞬だろうとこいつを良い奴だとか少し可愛いとかそんなふうに思ってしまったなんて。タイムマシンで数瞬前に戻って自分をぶん殴ってやりてえ。
「ああ、見えねえな。本当にどうかしてたぜ全く」
本当にムカつく奴だ。
「ああ、そうだよお前なんて豆腐メンタルの小心者だ。世話掛けさせやがってこの顔面破綻者」
この野郎、人の気にしてる事をズケズケと。
「本当だよテメエなんかに一週間も世話されたと思うと怖気が走るわ。らしくねえことしやがって」
のし付けて返してやるよこの野郎。
「てめえ、それが一週間も心配してやった奴に取る態度かよ」
一週間も心配した奴に取る態度がそれか。心配されて損したぜ。
「じゃあ何か?俺がさっきみたいな殊勝な態度で頭下げりゃいいのか?」
「ヤメロよ気持ち悪い。うえ……なんか思い出したら吐き気がしてきた」
本当、俺達はこんなもんだよな、毎日喧嘩ばかりだったんだ。今更心配して、心配されての関係なんて考えられねえ。だが、本当にこれだけは言っておく。
「ありがとよ。七海」
「ふん」
その後も俺と七海の醜い言い争いは続き、そんな俺たちを停止させる天の声はいがいなところからやって来た。
始業を告げるチャイムが学校中に響き渡ったのだ。
「うわ、やべえ。馬鹿と馬鹿なことやってたら遅刻って洒落んなんねえ」
教室までの距離はそう遠くない。先生に見つかる前に教室へたどり着いて何事も無かったように席に座るんだ。出来る俺の足なら。俺一人なら!
「あばよ!七海」
「させるか。ボケエ!!」
そうして、走りだそうとする俺を掴む手が一つ。
「ふふふふ。お前一人だけ助かろうなんて虫のいいことさせなからな。道連れだ!」
鋼鉄心は呪われました。
「てめ、離しやがれ!」
「諦めろよ。一緒に遅刻しようぜー」
鉄心は呪われている。馬鹿がへばりついて動けない。
「てめえ、こんな時ばかり猫なで声出すんじゃねえ」
「この一週間、誰が腑抜けたお前の面倒見てやったと思ったんだ。んん?」
馬鹿の恩を着せる。効果は今ひとつのようだ。
「それとこれとは別なんだよチビすけ!」
鉄心の口撃。効果は抜群だ。
「な、チビって言った!今チビっていった!」
こんな調子で馬鹿な事をやっていれば結果はわかりきっている。
「鋼君、七海さん。アウトー」
俺達はその日、二人仲良く遅刻して登校した。