俺と物語
バーガー屋を飛び出した俺は、早急に家へと掛け戻ると。部屋へ駆け込み、新作のビジュアルノベルのゲームディスクが入ったゲームの電源をオンにする。
ここ最近で、見慣れた始めたOPムービーをすっ飛ばし、表示されたタイトルロゴを見た俺は、居住まいを正しニューゲームの下にあるコンティニューにカーソルをあわせると決定ボタンをおした。
俺には、俺の戦いがある。いや、特に意味は無いんだ。少し言ってみただけである。しかし、ゲームという眼前の目的が顕になった今、俺を止められるものは居ない。俺の集中力は高まり続け、周りから音が消え、時間の縮尺が変動する。
残念なのはゲームをプレイするのにこれだけ本気になってしまう事に対し、自分自身若干引いてしまっている事だ。
いや、しかしだ何事も、いい加減にやるよりは本気で取り組むのはほうが良いに決まっている。
ただし、本気で物事に取り組むのは多少なりともエネルギーを普段より使う行為であるため、この場合、サブカルチャーに本気で取り組む自分の非生産性に心の何処かで若干の落胆を覚えたのもまた事実ある。
何はともあれ、これから数時間、夕食の時を除き俺はゲームをぶっ通しで続けるわけだが……
「つまんね」
やっていたゲームの電源を落とした俺は呟く。それが俺の数時間を費やしたゲームに対する感想である。酷かった。その酷さを完璧に説明仕切るのは、俺の語彙では荷が勝ちすぎるが、序盤でこれはだめだという確信を得てしまう程度にはひどかった。
ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう、という表現がしっくり来るような主人公が、印象に残らないような敵キャラをクールでニヒルな笑いを浮かべながらなぎ倒すような、そんなお話だった。なんというのだろうか。有り体に言えば見ているこっちが恥ずかしさに身悶えてしまうような台詞や設定の数々を多用したファンタジーだ。別に俺はファンタジーが嫌いなわけではない。だが、ファンタジーとは難しいのだ。読者が置いてけぼりを喰らうような物語を俺はファンタジーとは認めない。値崩れを起こす前に売りに行こう。
「PVに騙された。6500円も払って、どこかの家のタンスに封印された黒いノートに書き綴られてそうな話を読まされるなんて……」
おそらく、この話を作ったシナリオライターがもっと物書きとして成長した時、いや、中二病と呼ばれる新種の難病を克服した時、既に焚書すら出来ない規模で日本中に出回ってしまった自身の黒歴史を見たら、死にたくなるだろう。哀れだ。
まあ、自身の黒歴史を日本全土に有料公開してしまったシナリオライターの今後は俺にはどうすることも出来ないわけだが、今の俺が自覚する欲求であればハッキリと自覚できる。
「喉乾いたな」
そんな事をつぶやきつつ、部屋の壁に掛かった時計をチラリと見てみる。
9時40分。高校生が出歩くには少し遅い時間かも知れないが、近場のコンビニに行き飲み物を買って帰ってくるくらいであれば咎められる程ではないだろう。生憎、家には作りおきの麦茶など無い。水道水で我慢すると言う手もあるが、長時間座っていたためか少し身体を動かしたいという思いもあった。
来ていた部屋着を脱ぎ、適当な私服へ着替えた俺は財布を引っ掴むとコンビニへと旅立ってゆくのであった。
一番近いコンビニまでは5分も掛からない。適当な飲み物を買った俺は、コンビニを出ると、よく見知ったやつを見かけた。声をかけようと近づきかけたが、よく見知ったはずのそいつは、なんだか様子がおかしかった。
何かを大事そうに抱え、コンビニ前のポストでウンウンと唸っている。そうして抱えていた物をポストへと投函仕掛けたかと思えば、それを再度大事そうに抱え直し、またぞろ唸りだす。ハッキリ言おう。挙動不審だ。俺が警察だったら職質をかけている。
「七海、お前何してんだよ?」
「ふぎゃーーーー!」
よほど考え事に没頭していたのか。声を掛けられるまで俺の存在に気が付かなかったらしく、尻尾を踏まれた猫のような声を上げた。あまりに驚きすぎたためか、七海が大事そうに抱えていた者がバサリと地面に落ちた。大きめの茶封筒だった。
その茶封筒に、すごい勢いで飛びついたな七海だったが、その時に俺と目が合った、ここに来てようやく七海は俺が俺であると認識したらしい。
「え?てっちゃん?え、なんで?あ……あ……」
彼女が俺の事を遥か昔の呼び方で呼んでしまう辺り、こいつの動揺具合がうかがい知れる。
「いや、とりあえず落ち着けよ。それよりなんだ?その封筒は?なんか挙動不審だったけど、爆弾でも投函しようとしてたのか?」
とりあえず落ち着かせようと、冗談を言ってみたが、結果的に火に油を注いでしまった。
「違うわよこの馬鹿!」
先ほどまで狼狽が嘘の様に俺の憎まれ口に即座に反応した七海が、持っていた茶封筒で俺を殴ろうとする。しかし、それがいけなかった。こいつのズサンな性格の成せる業なのか。のり付けの甘かった茶封筒は、七海の振りかぶりで生じる不可に耐えられなかった。封筒を逆さまに持っていたことも彼女にとっての不幸だと言っておこう。口が開いてしまった茶封筒の中身が重力に引っ張られハラハラと地面へと落下する。
「あ……あ……ああ……」
ハラハラとひらひらと舞い落ちる結構な量の紙束を、七海は唖然と見つめていた。
「おい、拾わなくていいのかよ?」
問いかけても動かない七海の代わりに、その紙束を拾ってやろうとしゃがみこんだ時だ。
「うあ……み……み」
七海がなにか言いかけたが、俺はその紙束の一枚を既に手にとってしまっていた。そして、そこに描かれているものを見た瞬間、口をわなわなさせる彼女が次に何を言い出すのか。どういう行動に出るのか。全て分かってしまった。
「見るなーーーーーーーー!!」
地面に落ちた大量の紙には全て絵が描いてあった。より正確に言うと、一枚の紙がコマで区切られ、その中に絵と吹き出しが描かれ、それは物語の体を成していた。俗にいう、漫画である。
七海は、涙目で俺の手から漫画の原稿の一部を引ったくると、地面に落ちた残りも半狂乱で回収し始めた。
「ううううううう」
泣き声とも鳴き声付かない声を発しながら、顔を真赤にしながら漫画を拾う七海。さすがに放っておくわけにもいかなかったので声を掛けてみる。
「な、七海さん」
「うううううう」
泣きそうな顔でこちらを見上げる七海は、どうやら人間の言葉を忘れてしまったらしい。
「手伝いましょうか?」
そんな事を言ってしまった。七海の表情が俺を威嚇するものへと変わる。
「うううううう!!」
どうやら、手出し無用らしい。獣かお前は……
「恥ずかしいのはまあ、わかるが、まあ、その、すまん」
うん、恥ずかしいよねこれ。
「謝らないで……死にたくなる」
ようやく人間の言葉を取り戻した七海は先ほどのビーストモードから一変し、消沈しながら、原稿を拾い集める。その小さな背中を、俺は黙って見ていることしか出来なかった。
俺はコンビニにジュースを買いに来ただけだった筈だ。
それがなぜこんな事になった。
なぜ俺は七海と夜の児童公園にいる。
何故、俺と七海は、ブランコに座ってユラユラと揺れているんだ。
なぜ、そんな状態が10分も続いてるのだ。
「なあ、お前さっき何処かのマンガ大賞か何かに応募しようとしてたのか?」
俺に漫画の原稿を見られたことがよほどショックなのか先程から一言も話さない七海に声を掛ける。
「その話を出すな……どうせ似合わないとか思って笑ってんだろ」
「そんなに卑屈な事言うなよ。まあ、恥ずかしいのもわかるし、お前が漫画ってのも意外って言えばそうだが、それだけだ」
「……本当かよ」
「信じる信じないはお前の自由だが、仮に俺が笑ったらお前もう漫画描くのやめちまうのかよ?」
「……辞めない」
だろうな。コイツはそういう奴だ。まあ、それでも少しだけ心配したが、杞憂だったみたいだな。
「それ聞いて安心したぜ」
「……何だそれ?」
「だって不可抗力とは言え、お前の漫画読んじまったんだ。それで、あんなに取り乱されちゃ心配だってするわ。これで、お前が漫画描くの辞めちまったら寝覚めが悪い」
「ふん、お前如きに笑われたぐらいで、この私が諦めるわけ無いだろうが。お前の影響力なんてそんなもんだ。驕るなよフランケン」
「へへ、そいつは重畳。それでこそお前だよ」
「なんだよ気持ち悪いな。何か言い返してこいよ」
「まあ、なんだ。頑張れよ」
「お前、どっかで頭でも打ったのか?病院ついてってやろうか?」
本当に心配そうな顔してくるんじゃねえよこのチビ。
「あのなあ、さすがに俺だって、そいつが本気でやろうとしてる事ネタにして笑ったりしねえよ」
「本気?」
「だってそうだろ。そんな分厚い漫画一本描ききるなんて、本気で漫画が好きじゃなきゃ出来ないだろ。それに、お前ポストの前で挙動不審になってじゃん」
「な、なってない」
「いや、なってたね。その手に持ってる漫画、ポストの口に入れたり出したりして。うんうん唸ってよ。あんなん適当に描いた漫画出す奴の仕草じゃねえ、と俺は思ったわけだ」
「ちっ……いつから見てたんだよ」
「まあ、俺が見たのは概ねそこからだ。まあ、それはさておき、そんなお前見たら、馬鹿になんて出来ないわな」
「ああ、くそ。本当に迂闊だった。知り合いに見られたくなかったのに。これじゃあ、何のために一つ遠いコンビニに行ったのかわからないじゃん」
そんな事を言いながらガシガシと頭を掻く七海。知り合いに見られたくないのならもう直接郵便局へ行きなさい。
「俺あのコンビニもろ近くなんだけど」
「いや、あんたはどうせ家に引きこもってギャルゲーやってると思ったから」
「その予想は当たってるが、物凄い地雷ゲーム買っちまってな。早々に止めたよ。それからギャルゲーじゃない、ビジュアルノベルだ。そこ、テストに出るから間違えないように」
「心底どうでもいいわ。因みにどんなゲームだったの」
「ものすごく強い主人公が、無双して、その姿にヒロインがキュンキュンする話」
「……どんな話よ」
分からん。
「まあ、明日には俺の小遣いになるゲームだから。それよりお前、それ出しに来たのに持って帰ってよかったのか?」
七海の持っている茶封筒を指差す。
「さっき落としたから順番がバラバラになったのよ。誰かさんのせいで」
「俺のせいじゃねえ」
落としたのはお前だ。糊付けが甘かったのもお前だ。封筒を逆向きに持ったのもお前だ。俺はただお前に声を掛けただけだろう。
「それに、なんて言うか面白いって確信がないっていうか。書いてる時は、面白いつもりだったんだけど、冷静になって考えると大して面白く無かったなかもって思うとどうも決心が……ってなんであんたにこんな話しなきゃならないのよ」
知るか。お前が勝手に始めたんだろうが。しかし、コイツが漫画ね。
「お前、どんな漫画描いてるんだよ」
なんとなく興味が湧いたので、試しに聞いてみたが、返って来たのは素気ない返事だった。
「言いたくない」
「……なんだよ。まだ恥ずかしがってるのかよ」
「当然じゃない。自分の創作物が他人の目に触れるなんて考えただけで悶死しそう」
「いや、お前が目指す職業それだよ」
大手出版社から出されてる週刊少年誌の漫画家達を見てみなさい。他人に好き勝手言われながらも、健気に連載続けてるじゃない。
「それは……でも、私漫画描いたの今回が初めてで自信が無いっていうか。怖いっていうか」
煮え切らない奴だな。なんかイライラしてきた。
「見せろ」
「へ?」
「今、ここで、俺に、その漫画を、見せなさい」
その言葉を聞いた途端、七海の顔が熟したトマトの様に赤くなった。あ、なんかちょっと新鮮。
「ななななな何いってんのよあんた」
「他人の評価が気になって応募出来ねえんだろうが。だったらここで俺に見せろよ。俺が見て感想聞かせてやる」
そうすりゃ踏ん切りもつくだろう。
「なんで、あんたの感想を私が聞かなきゃならないのよ!?」
「だって、お前の理屈で行くと一生応募なんか出来ねえぞ」
「いいじゃん。あんたには関係ない!」
「いや、ある」
「なにが!?」
関係無いね。お前からしてみたらそうかも知れんが、俺にしてみればそんなことはない。
「お前は俺にとって大事な奴なんだよ。そんなお前の力になりたいと思うのは可笑しいか?」
「……は?」
当然の事を言ったのに何だコイツは、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔しやがって。そりゃ、俺と七海は喧嘩ばかりしているが、それでもこいつは慎平同様、俺の大切な幼馴染なんだ。そいつが、頑張ってる時、力になってやりたいと思うのはおかしいことじゃないだろ。多分だけど。
「まあ、俺の我儘も多分に含まれてるから、強制はしない。お前が本当に嫌なら見せなくていいし俺ももう何も言わん」
マンガ大賞への出品に躊躇うコイツに俺が勝手に苛ついたのも、コイツの力になりたいってのだって俺の我儘だしな。実力不足だと思うなら今回は見送って、次回に持ち越すのもいいだろう。決めるのはこいつなんだ。そう考えると、なんか俺空回ってないか?
「ああ、すまん。偉そうなこと言ってすまん。忘れてくれ」
……よく考えたら無責任だよな。漫画を描いたのはこいつ。応募するのもこいつ。その結果を受け止めるのもこいつだ。そんなこいつになぜ俺が偉そうに口を出せる。
「なに勝手に自己完結して意見引っ込めてんだよ馬鹿。そんなんじゃ見せる理由なくなるじゃんか」
「なに、見ていいの?」
「あんたが見せろっつったんだろうが!この優柔フランケン」
「ダジャレにもなってないなそれ」
不断とフランケンを掛けたつもりだろうか。分かり難い上に見事に滑っている。
「うるさい!こんな時まで人の揚げ足とってんじゃないわよ。見るの?見ないの?」
七海の心境にどういった変化が訪れたのだろうか。それを見極めるべく目を細め、七海の表情を観察していると、これでもかと言うくらいの渋面を浮かべた七海が不機嫌そうに言った。
「あんたが、断れなくしたんでしょうが、狡いわよあんなの」
「俺が?狡い?なに言ってんだお前」
こいつには俺が逃げ場を塞いだ悪役にでも見えてるのだろうか。なんで俺がこいつを断れなくしたことになってる。狡いあんなのってなんだよ。
「うるさい。黙れ。その事に触れるな。とにかく默まって見ろ」
目の前に茶封筒がズイと突きつけられる。なんか知らんが、見せてくれるらしい。
「それじゃあ、拝見致します」
柄にもなくそんなことわりを入れてから茶封筒へと手をのばすが、茶封筒を掴みとるはずだった俺の手は空を切った。
「……なぜ避ける」
「ごめん」
再度チャレンジ。やはり空を斬る。
「……」
「……」
いざとなるとってやつか。罰の悪そうな顔をして俺を見つめる七海にため息が出る。仕方ないあれを使うか。まあ、大した事じゃないんだが
「……あ」
「へ、なに」
そんな発言とともにあらぬ方向を見つめた俺につられ、彼女も又、そちらへと意識が行ってしまう。この瞬間を待っていた。
「はい、確保」
「へ?っあ!」
その隙にズシリとした茶封筒を強奪した俺を、七海が呆けた顔で眺めている。
「んじゃあ、読むぞ」
「ちょ、ちょっと、待った」
その場で原稿を出しかけた俺を七海が慌てて制してきた。
「なんだよ、この期に及んでやっぱり読まないでとかいうのか?」
「違う、違うんだけど……その私、絵もそんなに上手くないし、話だってちょっとおもしろいか微妙だし。その、なんて言うか。わ、笑わないでよ」
「言っただろ俺は本気で頑張ってる奴は笑わねえ」
「う、うん」
こいつらしくない態度である。もしかしてこいつって意外に気が小さいのか?
「とにかく、絶対にお前のことは笑わねえよ。ただ、お前が本気で描いた漫画だ。適当な感想は言わねえつまらなかったら正直に言うからある程度は覚悟しとけよ」
「そ、それはわかってる。うん、分かった……」
「じゃあ、読むぞ」
「あ、あ、あ、ああああ」
狼狽えて手をワタワタさせている七海尻目に俺は茶封筒を取り出す。
「死神の憂鬱 ボクと私の7日間……タイトルからじゃあなんとも……ジャンルはなんだ?ファンタジー?」
「た……」
「た?」
「タイトルを声に出して読み上げんじゃねええええええ!!」
自分の漫画を目の前で読まれるというのは、よほど居心地が悪かったのだろう、俺がタイトルを読み上げた事で、耐え切れなくなったのか、七海は俺の手に原稿を残したまま。夜の児童公園を走り去っていった。
「おい、どこ行くんだよ?おーーーい」
引き止めるも虚しく七海の走り去る姿を見届けることしか出来なかった俺は、自分の手の中にある原稿を見てつぶやいた。
「……これ、結局どうすりゃいいんだよ」




