俺の失墜
やってしまった……
バーガー屋の二階で適当な場所に座った俺たちは、それぞれ座席に着くと黙々とハンバーガに齧りついていた。
気まずい。思えば俺も慎平も西岡とは顔を合わせれば少し会話する程度の関係だし、その隣の小動物っぽい女の子なんて完全に面識ないもんな。共通の話題など無いに等しい。
「あ、あの」
そんな気まずい沈黙を破って口火を切ったのは意外にも一番気弱そうな小動物系美少女、東条さんだった。彼女の勇気を無にしてはいけない。今こそ見せよう俺の秘められた対話スキルを。
「なに?」
「あなたじゃないです」
「ごめんなさい」
どうやら、俺の秘めたる素質が陽の目を見るのは又の機会となりそうだ。それまで安らかに眠れ。俺の対話術。しかし、俺に話しかけたわけじゃないとすると。
「ああ、俺?なに?」
「御剣くん。この前もこの辺りであったよね。今日は遠藤君とは一緒じゃないの?」
「そういえば、東条さん、この間も絡まれてたよね」
「えへへへ、恥ずかしながら……菊ちゃんが言うには私は隙が多そうだから狙われやすいらしいんです」
慎平と東条さんの間で交わされる意味深な会話を聞いた俺と西岡は互いに顔を見合わせる。どうでもいいが、西岡が結構面白い顔になっている。カメラが無いのが残念だ。
「え、なに?君達面識合ったの?」
「ああ、お前が道場あるって俺の誘い断った日があったろ。あの日、東条さんが今日みたいに絡まれてたんだ。その時に丁度俺と遠藤が偶然通りかかったんだ」
それで、乙女のピンチに颯爽と現れた君達は格好良く事態を収集し、かくしてフラグは建築された、と。へし折りたい、そのフラグ。
ん?待てよ?俺が道場に顔を出したひっていったら西岡もついてきた時だよな。確か俺があいつの誘いを断った理由って……
「ちょっと失礼……」
東条さんに顔を近づけてその顔をよーく確認してみる。そして既に風化して朧気になりつつある前世の俺の記憶と照合して行く。
「ヒイッ!」
あれ、なんか俺が気がついたら結構近くに東条さんの顔があるんだけど、てか東条さん、凄い涙目。そりゃ、会って間もない男に物理的に急接近されたら涙目にもなるよな。
「すまん」
そう言って離れようとした時だった。俺の重圧から開放され、ホッと胸を撫で下ろした東条さんを見た時、ピンときた。
「あーーーーー!」
「きゃーーーー!」
離れると見せかけての急接近。わざとではない。だから西岡さん。アイアンクローでこめかみをギリギリ締めるのをやめて下さい。泣いてしまいそうです。
「ご、ごごおご」
こめかみを圧迫される痛みに悶える俺に西岡が冷たく言い放つ。
「セクハラも大概にすることねこれ以上は捨て置けないわ」
「ご、ごめんなさい。この様な卑しき行いは天地神明に誓って金輪際いたしません。お慈悲を、どうかお慈悲をー……」
俺の哀願が功を奏し、俺の頭を締め付けている西岡の手から力が抜ける。どうでもいいが、痛すぎて脂汗が出た。彼女の指の状態が心配だ。ヌメヌメしてたりしないよね。
「それで、なにが貴方をあんな暴挙に駆り立てたのかしら?」
ハンバーガーセットについてきた紙ナプキンで自分の手を丹念に拭きながら俺にそんな問いかけをしてきた西岡。拭いているのは先ほどまで俺にアイアンクローをかましていた方の手だった。おそらく、西岡によって俺の体内で生成された油が指に付着したのだろう。思春期の少年の顔に軽々しく触れたお前も悪い。しかし、その気持は分からんでもない。分からんでも無いのだが、これみよがしにやられると傷つく。
さて、そんなことはさておき、先ほどの西岡の問いかけに正直に答える訳にはいかない。なんせあの小動物系の美少女東条さんは、慎平の嫁候補だった。つまりヒロインである。完全に忘れてた。
そんな大事なこと、なぜ忘れてたかって?10年以上前に一度やっただけのギャルゲー。しかも転生、というか憑依か……してから更に十年近くも経ってみろ。記憶なんて虫食いだらけになるわ。
とにかくそんな事を包み隠さず馬鹿正直に話してみなさい。即座に黄色い救急車を呼ばれるだろう。俺だったらそうする。つまりだ、今の西岡の問は俺にとって非常に都合が悪い。適当な言い訳を考える時間は……無いね。西岡の目つきが刻一刻と険しくなっている。
「それは……」
「それは?」
言い淀む俺を急かすように、西岡が先を促してくる。正直に話すわけにはいかない。しかし、理由をでっち上げる時間も無いときた。こうなれば仕方ない。必要最小限の事実を正直に伝えるしかない。これは俺の今後の人生を貶める結果になる可能性があるが、黄色い救急車に乗せられるよりはマシだ。
腹は括った。よし、やるぞ。
「じつは、東条さんがずっと誰かに似ていると思っていたんだ。それでさ、慎平の話を聞いた時、東条さんが誰に似てるかを思い出したんだ」
「……誰よ?」
今教えてやるから黙ってろ。チクショウ。こうなりゃ破れかぶれだ!
「俺が前にやった美少女ゲームのヒロイン。もう瓜二つ。双子じゃないのってぐらい似てた。結構前にやったゲームだから中々思い出せなくてさ。いや~慎平の言葉がなけりゃ思い出せなかったよ。なんせその娘もほら、絡まれてたところを主人公に助けられたからさ。でもスッキリしたよ。これで今夜は枕を高くして寝られるな。ははははははは、ははは、はは……は」
「……」「……」「……」
絶句。目の前の三人の反応を見た時、その言葉の真の意味を初めて理解した。
イタイです。いろいろな意味で。もうヤダ。帰りたい。
「うわぁ……」
西岡さん。そんな目でボクを見ないで下さい。死んでしまいます。
「嫌、この人、怖い」
え、東条さん?キモい通り越して越して怖い?なんで携帯握りしめてるんですか?どこに通報するつもりですか?それとも何処ぞの掲示板で俺のことを晒すつもりでしょうか?もういっそ殺して下さい。
もうやめて!俺のライフはゼロに等しい。藁にすがる思いで最後の砦となる幼馴染に助けを求める。マイ・ベストフレンド慎平。このドン引きしている女子達になにか言ってやってちょうだい。
「鉄心……強く生きろ」
お前、そればっかじゃねえか!
藁は所詮藁だった。縋った所でどうなるものでもない。
それにテメエ、なに自分は関係ありませんみたいな面してんだよ。お前、俺のギャルゲー借りてったことあるだろうが!もういいよ。自分で何とかしますよ。
神よ、今こそ俺に力を、この逆境を跳ね除けるだけのガッツを俺に与え給え。
「俺、帰る」
ダメでした。多分、神様も今の俺の様を見てニヤニヤしてるに違いない。性格の悪い奴め。
「おい、鉄心」
ゆらりと立ち上がった俺を呼び止めたのは裏切りの主人公だった。
なんだい?神にも見放されたフナムシ野郎に、何か御用でしょうか?
「西岡さんにごちそうになったんだから礼くらい言ってったらどうなんだ?」
道理である。
「……っ!ごちそうさまっ!!美味しかったです!!」
そのまま俺は、バーガーショップを飛び出し、家へと駆け出していった。
いいんだ、家に帰れば、ディスクに宿った女の子たちが、俺を慰めてくれる。
そうしたら、俺はまた明日から頑張れるんだ。
やべ、そう考えるとなんかテンション上がってきた。よし帰ろう、今すぐ帰ろう。
二次元でこんなにも充実できる俺の未来は意外と明るいのかも知れない。
素晴らしきかな二次元。ありがとう二次元。その存在に救われた数多くの非モテ男子の一人として心からの感謝を送りたい。
ビバ二次元。
かくして、鋼鉄心は、辛くも今日という日を生き延びた。しかし、彼の長い人生はまだ、折り返し地点にすら至っていない。これからも数々の苦難が彼を襲うことだろう。
生きるのだ鉄心、その心に二次元の輝きがあるかぎり。頑張れ鉄心、その腕に三次元女子を抱くその日まで。
お前の戦いはこれからだ!
いや、これ洒落んなんねえから。打ち切りみたいになってるから!
続く
すいません。ここ何話か、ふざけすぎました。次からもっと真面目に書きます。




