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第3話

「見る」修行を終えてから、数日が過ぎた。


春の陽射しが神城山を照らし、若葉が風に揺れていた。


蒼牙はいつものように夜明け前に起き、道場を掃き、神棚へ一礼し、いつもの木刀での素振りを終えた。


白玄は小さな籠を差し出す。

中には、小刀と布、火打石が入っていた。


「今日は新しい修行を始めるわよ」


蒼牙は首を傾げる。


「今日は何を教えてくれるの?」


白玄は穏やかに答えた。


「山で生きる術よ」


桜は嬉しそうに飛び跳ねる。


「やった! 山だ!」


三人は朝露の残る森へ入っていった。


歩きながら白玄が言う。


「これから先、お前は山を越え、森を歩き、人のいない場所へも足を踏み入れる。」


「腹が減る日もある」


「怪我をする日もある」


「助けてくれる者がいない日もある」


「だから、生きる術を覚えなさい」


蒼牙は静かに頷いた。


その日から修行が始まった。


白玄は答えを教えない。


「山で生きるために必要なものを見つけてきなさい」


ただ、それだけ。


蒼牙は山を歩き回る。


桜も楽しそうについて歩く。


夏。

毎日のように山を歩き、食べられる草と毒草を見分け続けた。


「兄さん!」


「見て見て! 蝶がいっぱい!」


蒼牙は笑う。


「遊んでるのか?」


白玄は静かに言う。


「蝶が集まる場所には理由がある」


秋。

木の実が色付き始める。


桜は栗を拾って大喜びする。


「兄さん、いっぱい!」


白玄は栗の木を見上げる。


「実る木があれば、それを食べる獣も集まる」


「獣が集まれば、狩る者も現れる」


「山はすべて繋がっている」


落ち葉に隠れた獣道を探し続けた。


蒼牙は獣道へ目を向けた。


確かに足跡が増えていた。


冬。

雪が神城山を白く染める。


火を絶やさぬよう何度も火打石を打った。


桜はしゃがみ込む。


「兄さん!」


「ここだけ雪が少ない!」


蒼牙も近付く。


土へ触れる。


温かい。


近くには細い沢が流れていた。


白玄は頷く。


「水は命を集める」


「冬でも命は止まらない」


春。

雪が溶け、山が新しい命に包まれる。


桜は花を追い掛ける蝶を見つけて笑う。


「兄さん!」


「今年も戻ってきた!」


蒼牙は周囲を見渡した。


蝶。


湿った土。


朝日がよく当たる斜面。


風は穏やか。


そこには、小さな薬草が群生していた。


「……あった」


癒草。


傷口の血を止め、炎症を抑える、山では珍しくない薬草だった。


白玄は初めて微笑む。


「ようやく山が見えるようになったわね」


蒼牙は一年かけて初めて、自分の力で薬草を見つけることができた。


それから間もない頃。


森の奥から、小さな鳴き声が聞こえた。


蒼牙は駆け寄る。


幼い鹿が倒れていた。


脚には深い傷。


苦しそうに息をしている。


思わず抱き上げようとした、その時。


「待ちなさい」


白玄の声。


蒼牙は動きを止めた。


「助けたい」


「でも、助けたいだけでは救えない」


蒼牙は深く息を吸う。


鹿が落ち着くまで距離を置く。


辺りを見回す。


近くには清らかな湧き水。


先日見つけた薬草。


柔らかな苔。


すべて一年かけて覚えた景色だった。


蒼牙は近くに転がる平らな石を拾う。


その上へ薬草を置き、小石で丁寧にすり潰した。


湧き水で溶き、傷口へ優しく塗る。


力を入れすぎない。


痛がらせない。


鹿は少しずつ呼吸を整えていく。


白玄は静かに頷いた。


「その手でいい」


「命は助けるものではない」


「生きようとする命を支えるものよ」


しばらくして。


鹿はゆっくり立ち上がる。


蒼牙を見つめる。


小さく頭を下げるように首を動かすと、森の奥へ駆けていった。


三人は静かに見送った。


帰り道。


桜が笑う。


「兄さん、やっと薬草見つけられるようになったね!」


蒼牙も笑う。


「桜のおかげだよ」


「蝶や栗や雪」


「お前が気付かなかったら、俺も気付けなかった」


桜は照れくさそうに笑う。


「えへへ。」


白玄は二人を見ながら微笑んだ。


「桜は自然を感じる」


「蒼牙は自然を読む」


「どちらも、生きる者には大切な力よ」


少し歩いてから、続ける。


「覚えておきなさい」


「妖魔の多くは、元を辿れば獣や自然の命よ」


「獣の生き方を知れば、妖魔の動きも見えてくる」


蒼牙は山を見渡した。


鳥の声。

風の流れ。

獣道。

草花。

すべてが昨日までとは違って見える。


蒼牙は静かに自分の手を見つめる。


剣を握る手。


命を繋ぐ手。


その二つは、決して別のものではなかった。


春風が神城山を優しく吹き抜ける。


十二歳になった蒼牙は、その日初めて、自分の知識と手で一つの命を繋いだ。


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