賑わう都と第一王子アウリス
*
翌日。
ルーナはニッケとベルの二人と共に、昨日の討伐報告をするためギルドを訪れていた。
オークジャイアントから回収した黒い指輪も提出したのだが――どうやら同じような指輪は、他の冒険者たちからもかなりの数が持ち込まれているらしい。
これだけの数が集まっている以上、もはや偶然で片づけることはできない。
昨日エリクと話したことを思い出しながらも、今のルーナにできるのは新たな情報を待つことだけだった。
報酬を受け取ったルーナたちは、ニッケとベルの提案で王都を散歩することにした。
「やっぱり平和が一番よね~」
「はい、まったくです!」
多くの人々で賑わう王都の大通りを歩きながら、ルーナの何気ない一言にニッケも大きく頷く。
『ねえねえルーナ、今日もおいしいお魚ある?』
「そうね、アルス。ついでにこの後、市場にも寄っていきましょうか」
『わーい!』
嬉しそうに尾びれを弾ませるアルスに、ルーナも思わず頬を緩めた。
「まったく、アルスもこんなに大きくなったのに相変わらずなんだから」
「でも、嬉しそうなアルスくんを見てると、こっちまで幸せな気分になっちゃうな~」
「本当にその通りだわ、ベル。アルスのためなら、わたしなんだってやってやるんだから!」
「……お嬢様も、くれぐれも無茶はなさらないようお願いいたします」
ナミのさりげない釘刺しに、ルーナはくすりと笑う。
「もちろん分かってるわよ、ナミ。わたしだってもう子供じゃないんだから」
「それならばよろしいのですが――」
ナミがほっと息をついた、その時だった。
すれ違った一人の女性。
長い黒髪が、ナミの視界の端を横切る。
「――っ!」
びくりと肩を震わせ、ナミが勢いよく振り返った。
だが――違う。
そこにいたのは、どこにでもいる王都の女性だった。
「どうしたの、ナミ?」
「…………!」
ルーナに声をかけられ、ナミはすぐさま居住まいを正す。
「いえ。なんでもございません」
「ならいいのだけど……」
ルーナは心配そうにナミを見つめる。
(やっぱり最近、様子が変だわ。ナミも話してくれればいいのに……)
ナミが何かを隠している。
それだけは、付き合いの長いルーナにも分かっていた。
だからこそ、何も話してくれないことに少しばかり寂しさを覚えてしまう。
そんな時――。
「あっ! ルーナさん、あの人!」
突然、ニッケが人だかりの向こうをビシッと指差した。
「えっ?」
何事かとルーナもそちらへ目を向ける。
すると、人々に囲まれながら大通りを歩いている一人の青年が目に入った。
蜂蜜色の金髪に、黄金の瞳。
白地に金の装飾を施した軍服と、背中になびく深紅のマント。
見間違えるはずもない。
――第一王子、アウリスだった。
「アウリス殿下!?」
「――おお、ルーナ殿ではないか!」
声を上げたルーナに気づくなり、アウリスも気さくに手を振って歩み寄ってくる。
「弟から話は聞いたぞ、ルーナ殿! 昨日は魔物討伐、ご苦労だった!」
そう言うなり、アウリスはルーナの手をがしっと握る。
「わっ……!」
相変わらずの勢いに押されそうになりながらも、ルーナは尋ねた。
「アウリス殿下は、どうしてこちらに? ……まさか、お城を抜け出してきたのではありませんわよね?」
「人聞きの悪いことを言うな! 今日は正式な視察だ!」
「本当かしら……」
「本当だ!」
胸を張るアウリス。
そんな二人のやり取りを傍らで見ていたニッケとベルは、完全に固まっていた。
「だ、第一王子がこんな間近にいます……!」
「しかもルーナちゃんと普通に話してるよ~!?」
「ん?」
二人の存在に気づいたアウリスが振り向く。
「お前たちも、ルーナ殿の友人か?」
「は、はいっ! ウチ……じゃない、私はニッケと申します!」
「ベルです! 第一王子殿下にお会いできて光栄ですぅ~!」
ガチガチに緊張する二人を見て、アウリスは豪快に笑った。
「はははっ! そう畏まる必要はない! ルーナ殿の友人ならば、俺の前でも楽にしてくれて構わん!」
「は、はぁ……っ」
「王子様って、もっと近寄りがたい人だと思ってたよぉ……」
気さくに握手まで求めてくるアウリスに、ニッケとベルは戸惑いを隠せない。
そんな二人をよそに、アウリスはふと思いついたようにルーナを見る。
「そうだ。せっかくだからルーナ殿、少し視察に付き合ってはくれないか?」
「わたしが?」
「ああ。名誉騎士であるルーナ殿が一緒ならば、民もより話しやすいだろう。それに――」
アウリスはニッと笑う。
「俺としても、一人よりその方が楽しい!」
「ふふっ、アウリス殿下らしい理由ね」
「それで、どうだ? この後、何か予定はあるか?」
「わたしは構わないけれど……」
そう返しながら、ルーナは後ろを振り返った。
すると――。
「…………」
「…………」
なぜかニッケとベルが、揃ってニヤニヤしている。
「……何よ、その顔」
「ウチらのことはお構いなく!」
「王子様とのデート、楽しんできてね~!」
「デッ――!?」
二人はそれだけ言い残すと、そそくさと走り去ってしまった。
「あっ、ちょっと! 二人とも!」
呼び止める間もなく、その姿は人混みの向こうへ消えていく。
「……行っちゃったわ」
呆然とするルーナ。
そんな彼女の耳元へ、ナミがそっと顔を寄せた。
「第一王子との親交を深めておくことは、名誉騎士であるお嬢様にとっても有益かと存じます」
「ナミまでっ! わたし、そんなんじゃないのに……」
「……ん?」
ナミは不思議そうに瞬きをする。
「わたくしは今後の王家との関係について申し上げたのですが」
「…………」
どうやら勘違いしていたらしい。
ルーナはますます顔を赤くして、重いため息をついた。
「……もういいわ」
気を取り直し、アウリスへ向き直る。
「分かりましたわ。アウリス殿下がよろしければ、わたしもご一緒します」
「おお、それはありがたい!」
『ぼくも一緒していい?』
そこへアルスが、大きな頭をぬっと割り込ませてきた。
「もちろんよ。むしろアルスがいてくれた方が、わたしも安心だわ」
『やったー!』
「ほう、守護獣殿も来てくれるか! それはますます心強い!」
アウリスもアルスを大歓迎する。
こうしてルーナたちは――偶然出会ったアウリスの視察へ同行することになった。
この時はまだ。
それが束の間の平穏に過ぎないことを、誰も知らなかった。




