エリクとの情報交換
「エリク殿下、どうしてこの場所に?」
ルーナが問いかけると、エリクは静かに馬から降りた。
「私も魔物が現れたとの報を受けて駆けつけた。だが……一足遅かったようだな」
倒れ伏したオークジャイアントの亡骸と、肩で息をするルーナたちを見比べる。
「本来なら私も剣を振るうべきだった。あなたのような乙女に戦わせてしまったことは、王族として恥じるべきだろう」
「そんな、とんでもございませんわ!」
ルーナは慌てて両手を振った。
「わたしたちが先に見つけて討伐しただけです。エリク殿下が気になさることではありません!」
その返答を聞き、エリクは小さく息を吐いた。
「……そうか。あなたは思っていた以上に強い娘なのだな」
「でも、わたし一人ではありませんわ」
ルーナはアルスへ手を添える。
「アルスがいてくれるから、わたしは強くいられるんです」
「キュイッ!(そのとーり!)」
胸を張って顔を寄せるアルスに、エリクも口元を緩めた。
「良い相棒に恵まれたのだな」
その言葉を口にした瞬間。
エリクの瞳に、ほんの一瞬だけ寂しげな影が差す。
(……この人は、ずっと一人で背負ってきたのかしら)
ルーナはそんな印象を抱いた。
ルーナは地面に落ちていた黒い指輪を拾い上げる。
「今回も、このようなものを確保しました」
「……やはり、これか」
エリクは慎重に指輪を受け取った。
「この指輪が魔物騒動の鍵であることは、もはや間違いないだろう」
「そうですわね」
エリクは懐から一枚の地図を広げた。
「こちらでも調査を進めていた」
地図には赤い印が無数に打たれている。
「王都近郊で確認された異常個体の出現地点だ」
エリクの言う通り、魔物出没の点が新しいものほど南側の一ヶ所付近にまとまっているように見える。
「……新しいものほど南側へ集中していますわ」
「その通りだ」
エリクは頷いた。
「この地図を見て、どう思う?」
「誰かが誘導しているように思えます」
ルーナは即座に答えた。
「三年前の黒牙商会を思い出しますわ」
「黒牙商会の残党だと?」
「断定はできませんわ」
ルーナは静かに首を振る。
「ですが、偶然とは思えません」
ルーナが首を横に振ると、エリクは次の情報を出した。
「それと、もう一つ」
エリクは声を落とした。
「王都では怪しい人物の目撃が相次いでいる」
「怪しい人物?」
「白衣の女。そして、黒づくめの女だ」
「……!」
ルーナが息を呑む。
その隣で――ナミの肩が、ごくわずかに震えた。
「ナミ?」
「……いえ。何でもございません」
普段と変わらぬ声。
だがエリクは、その僅かな違和感を見逃さなかった。
「あなたのメイドも、随分と勘が鋭いようだ」
「ええ」
ルーナは誇らしげに微笑む。
「ナミは、わたしの頼れるパートナーですわ」
「キュイィ……(ぼくは?)」
アルスが割り込むように顔を押し付ける。
ルーナは笑ってその額を撫でた。
「もちろん、あなたも大切なパートナーよ。」
『当然っ!』
今度はルーナが情報を返す。
「わたしの方でも、指輪はいくつも回収しています。――それだけではありません」
ブルーオーガ。
そしてオークジャイアント。
彼らが部下を囮にし、撤退を選び、闇の魔力を使ったことまで説明した。
エリクは腕を組み、静かに結論を口にする。
「やはり魔物は操られている」
「ええ」
「さらに私の仮説だが――」
エリクは地図の一点を指差した。
「奴らは無差別に魔物を放っているわけではない。王都で、何かを探している」
「何かを……?」
ルーナは地図を見つめる。
(ここまで情報を繋ぎ合わせて仮説を立てるなんて……。エリク殿下、本当に知略に長けた方なのね)
「だからこそ」
エリクは地図を畳んだ。
「魔物を倒すだけでは後手に回る。敵の拠点を探す」
「わたしも賛成ですわ」
「なら決まりだ」
エリクは漆黒の愛馬へ跨った。
「互いに情報を集めよう。また会おう、名誉騎士ルーナ」
「ええ」
馬が森の奥へ駆け去る。
その背を見送りながら、ルーナは静かに呟いた。
「エリク殿下も、本当にこの国を背負っているのね」
「王族たるもの、その覚悟は避けて通れません」
ナミが静かに応じる。
「それなら」
ルーナは拳を握った。
「わたしたちも負けていられないわ」
「その意気にございます、お嬢様」
決意を新たにするルーナとナミ。
その時だった。
「――ルーナちゃ~ん!」
遠くから聞き慣れた声が響いてくる。
振り向けば、ベルが大きく手を振りながらこちらへ駆けてきていた。
「ルーナさん、大丈夫ですか!?」
もちろん、その隣にはニッケもいる。
「ベル、ニッケ! ええ、わたしは平気よ!」
三人は無事を喜ぶように駆け寄り、そのまま互いに抱き合った。
「オークたちは私たちで全部やっつけたよ!」
「ということは……オークジャイアントはルーナさんたちが?」
「ええ! かなりの強敵だったけれど、アルスとナミのおかげでなんとか倒せたわ!」
「無事で何よりだよ~!」
ぎゅうっとベルに抱き締められる。
その瞬間、ルーナの胸元に柔らかな感触が押しつけられた。
「…………」
三年前にも同じように抱き締められた記憶が蘇る。
「……ベル、やっぱりまた成長してない?」
「ん? 何が?」
きょとんと首を傾げるベル。
「……なんでもないわ」
ルーナは何事もなかったように視線を逸らした。
『ぼくも混ぜて~!』
「わっ!?」
そこへアルスまで大きな顔を割り込ませてくる。
「あははっ、くすぐったいよ、アルスくん~!」
「こんなに立派になっても、甘えん坊なのは変わらないんですねっ」
『えへへ~』
巨体をすり寄せて甘えるアルスに、ベルとニッケも思わず頬を緩める。
そんな微笑ましい空気へ待ったをかけるように――
「コホンッ」
ナミがわざとらしく咳払いした。
「感動の抱擁もよろしいですが――こちらはいかがいたしましょうか?」
そう言ってナミが見せたのは、オークジャイアントが身につけていた黒い指輪だった。
「オークジャイアントも着けてたんですね……!」
ニッケの表情が引き締まる。
ベルも指輪を覗き込み、首を傾げた。
「でも、よく見ると今までのものと少し違わない?」
「ええ」
ルーナも頷く。
「エリク殿下とも話したんだけど、これが一連の魔物騒動の鍵になっていることは間違いなさそうだわ。それに――三年前の黒牙商会との繋がりも疑ってる」
「「黒牙商会……!」」
二人の顔から笑みが消える。
三年前、自分たちも対峙した相手だ。
その名を忘れているはずがない。
「……って、ちょっと待って」
ふとベルが瞬きをする。
「ルーナちゃん、今エリク殿下って言った?」
「もしかして、あの第二王子とも会ったんですか!?」
「え、ええ。ついさっきまでここに……」
途端に二人の目が輝いた。
「アウリス殿下だけじゃなく、エリク殿下とまで……ルーナさんもやり手ですね~!」
「正反対の王子様二人から想いを寄せられるなんて、まるでおとぎ話だよ~!」
「ちょ、ちょっと待って!」
ルーナの顔が一気に赤くなる。
「勝手に話を作らないで! 二人とはそんな関係じゃないわよ!?」
「またまた~」
「顔、真っ赤ですよ?」
「これはあなたたちが変なこと言うからでしょーっ!」
『……ルーナ、変なの~』
「アルスまで何よ!」
わいわいと騒ぐ三人を前に、アルスだけが事情を理解できず、不思議そうに首を傾げる。
その傍らで――ナミは静かに黒い指輪へ目を落としていた。
束の間の笑い声が響く森。
しかし彼女たちは、まだ知らない。
自分たちが敵の正体へ近づくその一方で――敵もまた、次なる一手を打とうとしていることを。




