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オークジャイアント

「ブルルオオオオオ!!」


 オークジャイアントが、両手で握った棍棒を渾身の力で振り下ろす。


『ふんっ!』


 だがアルスは退かなかった。


 巨大なあごで棍棒を真正面から受け止める。


 ――ズドンッ!!


 凄まじい衝撃が森に響き、アルスの巨体がわずかに沈んだ。


「アルス!」

『ぼくは平気! それより今のうちに!』

「そうね! ――ニッケ、ベル! アルスが押さえてるうちに仕掛けるわよ!!」


「はい!」

「うんっ!」


 アルスが棍棒を食い止めている隙に、ニッケが地を蹴った。


 その拳に、青白い雷光が迸る。


「これでどうですかっ――ライトニング・パンチ!!」


 雷をまとった拳が、オークジャイアントの横腹へ深々と突き刺さる。


 ――だが。


「えっ……!?」


 拳が止まった。


 分厚い脂肪が衝撃を吸収し、ニッケの腕を包み込むようにめり込ませていた。


「しまっ……抜けない!?」

「ブホホホホホッ!」


 オークジャイアントが下卑た笑いを浮かべ、空いた片手をニッケへ伸ばす。


「させないっ! ――アース・チェーン!」


 ベルが杖を振り抜いた。


 直後、地面が隆起し、何本もの土の鎖となってオークジャイアントの豪腕へ巻き付く。


「ブルオオ!?」

「助かりました、ベルさん!」

「早く……! すごい力だよ、長くは押さえられないっ……!」


 ベルが歯を食いしばる。


 土の鎖は今にも引き千切られそうなほど軋んでいた。


「お待たせ! ――アクア・キャノン!」


 そこへルーナが両掌を突き出す。


 凝縮された水流が一気に解放され、オークジャイアントの腹部へ叩き込まれた。


「ブルオオッ!?」


 巨体が揺らぎ、その反動でニッケの拳がようやく抜ける。


「今よ、アルス!」

『オーケー! それぇっ!』


 アルスが首を振り上げる。


 がつん、と棍棒が弾き飛ばされ、宙を舞って地面へ突き刺さった。


「ブルルオオオオオ……!」

『まだまだぁ!』


 間髪入れず、アルスが頭から突っ込む。


 ――ドゴンッ!!


 巨大な頭部がオークジャイアントの腹へめり込み、その巨体が数メートルも後方へ吹き飛ばされた。


「やった!」


 ルーナが声を上げる。


 だが――。


「…………?」


 倒れたオークジャイアントが、ゆっくりと起き上がった。


 そして口元を、にたりと歪める。


「……気をつけてください、皆様!」


 真っ先に違和感を察したナミが警告する。


「何か企んでおります!」


「ブルルオオオオオ!!」


 オークジャイアントが空を仰ぎ、森を震わせる咆哮を上げた。


 すると残っていたオークたちが、一斉に目の色を変える。


「ブヒイイイイ!!」

「ビギイイイイイ!!」


「来るっ!」


 オークの群れが雪崩のようにルーナたちへ押し寄せる。


 そして――その陰で。


「……あっ!」


 オークジャイアントが踵を返した。


 手下を囮にして、自分だけ森の奥へ逃げようとしている。


「あいつ、逃げるつもりです!」

「あの動き……やはり普通の魔物ではございません!」


 ナミの目が鋭くなる。


 敵味方の戦力を見極め、撤退のために部下を切り捨てる。


 少なくとも、ただ本能のまま暴れる魔物の行動ではない。


「逃がさないわ!」


 ルーナが駆け出そうとする。


 だがその前へ、三体のオークが飛び込んできた。


「ブヒイイイッ!!」

「……っ、邪魔!」

『ルーナ!!』


 横合いからアルスが突っ込む。


 巨大な身体がオークたちをまとめて弾き飛ばし、道をこじ開けた。


「アルス! よくやったわ!」

「ルーナさん、ここはウチらに任せてください!」


 ニッケが拳を構える。


「私たちが残りを止めるよ! オークジャイアントをお願い!」


 ベルもその隣で杖を構えた。


「ニッケ、ベル……!」


 一瞬だけ躊躇う。


 だが、二人の顔に迷いはない。


「――分かったわ。ここは任せる!」

「はい!」

「行って、ルーナちゃん!」


「頼むわよ、アルス!」

『オーケー!』


 ルーナがアルスの背へ飛び乗る。


 次の瞬間、尾びれが大きく振り下ろされた。


 ――バンッ!!


 空気が弾ける。


 アルスの巨体が矢のように森を駆け抜けた。


「逃がさないわ!!」


 巨木の間を縫い、一気に距離を詰める。


 そしてオークジャイアントの頭上を追い越すと、その進路へ回り込んだ。


「そこまでよ!!」

『もう逃げ場はないぞ!』

「ブルルルル……!」


 退路を塞がれたオークジャイアントが歯を剥く。


 ――その瞬間だった。


 右手の人差し指にはめられた黒い指輪が、禍々しい光を放つ。


「……あれは!?」


 指輪を中心に、どす黒い魔力が腕へ、肩へ、全身へと血管のように広がっていった。


「お嬢様!」


 いつの間にか追いついたナミが、ルーナの傍らへ着地する。


「あの指輪です! あそこから闇の魔力が流れ込んでおります!」

「やっぱり、あの指輪……!」

「ブルルオオオオオ!!」


 黒い魔力をまとった豪腕が、アルス目掛けて振り下ろされる。


「避けて、アルス!」

『うん!』


 アルスが身体を捻った直後――。


 ――ズガァン!!


 豪腕が地面を抉った。


 土煙が噴き上がり、地面には巨大なクレーターが刻まれる。


「なんて威力なの……!?」

「指輪によって肉体能力まで増幅されているようです。お気をつけください!」

「分かってるわ!」


 ルーナはアルスの背へ片手を添える。


「速攻で決めるわよ、アルス!」

『任せて!』


 ルーナの掌から、水色の魔力が溢れ出す。


 それはアルスの全身を包み込み、激しい奔流となって渦巻いた。


「『ウェーブ・タックル!!』」


 尾びれが振り下ろされる。


 蒼い水流をまとったアルスが、弾丸のように射出された。


「ブルルオオオオオ!!」


 オークジャイアントも両腕を広げ、真正面から受け止める。


 ――激突。


 爆発にも似た衝撃音。


 周囲の木々がざわめき、落ち葉が一斉に宙へ舞い上がった。


「ウソ……止めた!?」

『ぐぅぅ……まだまだぁ!』


 アルスがさらに押し込む。


 巨体と巨体がぶつかり合い、互いの足元の地面が深く抉れていく。


 一歩。


 また一歩。


 オークジャイアントが後退する。


「ブル……ルルル……!」


 だが次の瞬間。


 指輪が再び黒く輝いた。


 闇の魔力が爆発的に膨れ上がり、オークジャイアントが押し返し始める。


「そんな……!」

「こんなデタラメな力……レッドドレイクの時以来だわ……!」

『でも――ぼくは負けない!』

「アルス!」

『うおおおおおおお!!』


 蒼と黒。


 二つの魔力が真正面からぶつかり合う。


「うう……っ!」


 ルーナも歯を食いしばり、必死に魔力を送り込む。


 均衡。


 どちらも退かない。


 ――その時。


 ナミの瞳が、オークジャイアントの右手を捉えた。


(やはり……起点はあの指輪!)


 地を蹴る。


「――はっ!」


 ナミの身体が宙を舞った。


 銀光が一閃する。


「ブルルアアアアア!?」


 ナイフが人差し指を斬り裂き、指輪が血飛沫とともに宙を舞う。


 途端に――


 黒い魔力が霧散した。


「今です、お嬢様!」


「ありがとう、ナミ! ――アルス!」

『うん!』

「全部――持っていって!」


 ルーナが残る魔力を一気に注ぎ込む。


 アルスの全身が眩い蒼に染まった。


『とりゃああああああ!!』


 一気に押し切る。


 水の奔流をまとった巨体がオークジャイアントの腹部へ深々とめり込んだ。


「ブフゴハアアアアッ!!」


 巨体がくの字に折れる。


 黒い血を吐きながら吹き飛ばされたオークジャイアントは、大木を一本へし折って地面へ倒れ込んだ。


 ――静寂。


 しばらく待っても、もう起き上がらない。


「はあ……はあ……」


 ルーナは荒い呼吸を整えながら、ようやく肩の力を抜いた。


「……どうにか、倒したわ……!」

『ルーナ~!』


 緊張が解けた途端、アルスが甘えるように大きな頭を擦り寄せてくる。


「ふふっ。よくやったわ、アルス。お手柄よ!」

『ルーナのおかげだよ!』

「そ、そうかもしれないわね」


 少し照れながらも、ルーナはアルスの額を撫でる。


「――ナミ、お魚を」

「かしこまりました。――コネクト」


 空間が揺らぎ、魚の入ったバケツが現れる。


「はい、ご褒美よ」

『わーい!』


 ルーナが魚をまとめて放り込む。


『ごっくん!』

「相変わらずいい食べっぷりね」


 その光景にルーナが笑った――その時だった。


 森の奥から、乾いた蹄の音が響いてくる。


 一定の速度で。


 迷いなく、こちらへ近づいてくる。


「……?」


 ナミが振り向く。


 木々の隙間から現れたのは、一頭の漆黒の馬。


 その背には、濃紺の軍服と白いマントを纏った青年が跨がっていた。


「やはり――ここだったか」

「あなたは……!」


 ルーナが目を見開く。


「エリク殿下!?」


 第二王子エリクは馬上から倒れたオークジャイアントを一瞥し――そして地面に転がる黒い指輪へと、静かに視線を落とした。

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