ルーナとエリクの見据える先
ルーナたちがハンターギルドを出た、その直後だった。
「――なるほど」
不意に聞こえた声に、ルーナたちは振り向く。
そこに立っていたのは――
「エリク殿下……!」
第二王子エリク。
彼はギルド外壁に軽く背を預けたまま、静かにこちらを見ていた。
「話は聞かせてもらった」
その視線が向く先。
ルーナの手にある、禍々しい指輪。
「それを見せてもらえるか?」
有無を言わせぬ口調。
だが、ルーナは素直に指輪を差し出した。
エリクはそれを受け取り、しばらく無言で観察する。
「……やはり、か」
「何か分かったのですか!?」
ルーナが身を乗り出す。
エリクは指輪を軽く掲げた。
「これは単なる強化魔道具じゃない」
細められた瞳。
「命令系統の痕跡がある」
「命令……?」
「魔物を暴走させるだけではない。統率している」
静かな断言。
その場の空気が、わずかに張り詰める。
「ではやはり、何者かが裏で……」
ナミの呟き。
エリクは頷く。
「黒牙商会の残党か――あるいは別の組織か」
そこで一度言葉を切る。
そして。
「……だが、いずれにせよ」
その視線が、真っ直ぐルーナへ向けられた。
「これは王都の裏側に踏み込む話だ」
風が吹き抜ける。
「名誉騎士ルーナ」
低く、静かな声。
「お前に、その覚悟はあるか?」
その言葉が、ルーナの胸にずしりと重くのしかかる。
だが――ルーナは胸元をぎゅっと握りしめ、真っ直ぐエリクを見返した。
「――覚悟なら、最初からできていますわ」
迷いのない声。
エリクはそんな彼女を静かに見つめる。
「それは本当だな?」
一歩、踏み込む。
「半端な気持ちなら降りろ。……死ぬぞ」
冷たいほど現実的な言葉。
だがその奥に、確かな警告と気遣いが滲んでいることを、ルーナは感じ取っていた。
それでも。
彼女の決意は揺るがない。
「半端などではございません」
ルーナは力強く言い切った。
「王都……いいえ。この世界と海の平和を脅かす存在を、見過ごせるわけがありません!」
その瞳には、強い光が宿っている。
守りたいもののために戦う者の目。
「名誉騎士の名にかけて――」
ルーナは胸を張った。
「このルーナが必ず事件を解決に導きますわ! そして、皆に平和を取り戻してみせます!」
しばしの沈黙。
やがてエリクは、ふっと小さく息を吐いた。
「……そうか」
その口元が、わずかに緩む。
「ならば、私も力を貸そう」
「本当ですか!?」
「ああ」
エリクは静かに頷いた。
「王族の一員としても、この国を揺るがす存在を看過するわけにはいかない」
そして視線を細める。
「こちらでも情報を集める。そちらも調査を進めろ」
「はい! よろしくお願いします、エリク殿下!」
差し出された手。
ルーナは迷うことなく、その手を握り返した。
固い握手。
それは単なる挨拶ではない。
互いに背負うものを認め合った証だった。
一方。
『…………』
アルスだけは、なぜか微妙な顔をしていた。
「どうしたの、アルス?」
『この人……なんか全部見えてる感じがする』
ひそひそ声。
『ちょっとイヤかも……』
「もう、そんなこと言わないの」
ルーナは苦笑しながらアルスの頭を撫でた。
「エリク殿下は悪いお方じゃないわ」
『それは分かってるけどさぁ……』
なおも落ち着かなさそうに尾びれを揺らすアルス。
そんな彼の様子を見ていたエリクは、小さく肩をすくめた。
「……どうやら守護獣殿には警戒されているらしいな」
『むぅ……』
「こら、アルス!」
ルーナが慌てる。
だがエリクは気分を害した様子もなく、踵を返した。
「邪魔したな。また情報が入り次第、共有する」
「ええ。こちらこそよろしくお願いしますわ」
去っていくエリクへ、ルーナは手を振る。
その背を見送りながら――彼女は静かに実感していた。
王都を覆う闇は、想像以上に深い。
だが同時に。
共に戦ってくれる仲間も、確かに増え始めているのだと。
*
ルーナたちと別れた後。
王都の石畳を歩くエリクの隣へ、ひとつの影が音もなく並んだ。
「――カレンか」
「はい」
短く返事をしたのは、やや短めの金髪に黒のパンツスーツを纏った女性。
エリクの側近にして補佐役、カレンである。
彼女は周囲へ素早く視線を巡らせてから、小声で報告を始めた。
「調査のほうですが、敵は想像以上に用心深いようです。現在のところ、決定的な尻尾は掴めておりません」
「……そうか」
エリクは表情を変えない。
だが、その瞳は静かに細められていた。
「証拠を残さず、魔物だけを動かしているか。厄介だな」
「はい。かなり組織的に動いている可能性があります」
一瞬の沈黙。
そしてカレンは、ふと話題を変えるように口を開いた。
「――それよりも」
「何だ?」
「名誉騎士ルーナ殿はいかがでございましたか?」
その問いに、エリクはわずかに視線を上げる。
「ルーナ殿か」
短く呟き――少し考えるように間を置いた。
「強いな」
「ほう」
「力だけではない。覚悟も、心もだ」
静かな評価。
だが、それはエリクにしては珍しく率直な言葉だった。
「この件を追う上で、彼女の力は必要になる。……私はそう確信している」
「なるほど」
カレンは淡々と頷く。
しかしその口元には、ほんの僅かに面白がる気配が浮かんでいた。
「私も良いご関係だと思います」
「……何?」
「いっそルーナ殿を妃に迎えるのも、悪くないのでは?」
「冗談はよせ」
「半分は冗談でございます」
「……残り半分は何だ」
疑いぎみに目を細めるエリクに、カレンはあくまでも真面目な態度で答える。
「名誉騎士としての実績、国民からの支持、守護獣との関係。王族との縁談相手としては申し分ございません」
「お前は時々、恐ろしいことを平然と言うな」
「側近ですので」
表情がほとんど変わらないカレンの様子に、エリクは小さくため息をついた。
「これはあくまで協力関係だ。他意などない」
「左様でございますか」
明らかに分かっている返事。
エリクは軽く眉を寄せる。
だが否定を重ねる気にもなれず、視線を前へ戻した。
脳裏に浮かぶのは、先ほどの少女。
真っ直ぐな瞳。
揺るがぬ覚悟。
そして――守るべきもののために迷わず前へ出る姿。
「……まあ」
ぽつりと、エリクは呟く。
「面白い女であることは確かだ」
その声は、どこか柔らかかった。
「こんな状況でなければ……茶くらいは誘っていたかもしれんな」
「……訂正いたします」
「何をだ?」
「先ほどの提案です。冗談ではなくなってまいりました」
「カレン」
「失礼いたしました」
そう言いながらも、カレンはまったく悪びれていなかった。
だがエリク本人は、自分の変化に気づいていない。
いつの間にか。
名誉騎士ルーナという存在は、静かに彼の心へ入り込み始めていたのである。




