討伐の余韻と地下の企み
討伐した魔物の処理を終えたルーナたちは、その場で戦利品の分配について話し合うことにした。
だが――
「魔石と証拠品は、全部あんたが持っていくといい」
「え、いいの!? アウリス殿下だって戦いに貢献したのに……」
あまりにもあっさりとした申し出に、ルーナは思わず目を瞬かせる。
だがアウリスは、気にも留めない様子で肩をすくめた。
「魔物の戦利品なんぞ、王家には不要だ。それに――」
そこで一拍置き、視線を落とす。
指差したのは、地面に転がるそれ。
禍々しい光を帯びた、黒ずんだ指輪。
「そいつは、あんたらに任せた方がいいだろう」
軽い口調。
だが、その目は確かに分かっている者のそれだった。
「……そうね。ご厚意に甘えさせてもらうわ」
ルーナは頷き、魔石と指輪をすべて回収する。
その様子を一瞥すると、アウリスは満足げに息を吐いた。
「じゃあな。また近いうちに会うだろう」
ひらりと白馬に跨り、軽く手を振る。
「ええ。またお会いしましょう!」
応じて手を振るルーナ。
アウリスは豪快な足取りでその場を後にした。
「……さて」
場に残ったルーナは、仲間たちへと向き直る。
「戦利品はギルドに持ち帰りましょう。調査も進めないといけないし」
「承知いたしました」
「ナミ、この魔石、預かってくれるかしら?」
「お任せください、お嬢様。――コネクト」
ナミが手をかざすと、淡い光が空間に走る。
次の瞬間、魔石は音もなく消え――別空間へと収納された。
――そのときだった。
「――っ!」
ナミの肩が、わずかに跳ねる。
同時に、メイド服のスリットの奥へと手が滑り込む。
暗器に触れる、寸前。
だが。
「…………」
その気配は、ふっと霧のように消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
ナミは一瞬だけ周囲を見回し――ゆっくりと手を引く。
「……ナミ?」
ルーナの声。
はっとして、ナミは姿勢を正した。
「いえ、何でもございません」
完璧な微笑み。
だが、その奥にあるものまでは隠しきれていない。
「……そう」
ルーナはそれ以上追及しなかった。
だが。
(ナミ、やっぱり変だわ)
胸の奥に、小さな棘が残る。
(わたしに隠し事なんて……する人じゃないのに)
一瞬だけ浮かんだ疑念。
しかし、今はそれを追うべきではないと判断する。
「行きましょう。ギルドで報告も必要だもの」
「はい」
そうしてルーナたちは、戦利品を携えてハンターギルドへと向かうのだった。
*
一方その頃。
王都の地下深く――人の気配すら届かぬ隠しアジト。
その薄暗い空間に、黒づくめの女が膝をついていた。
「シグナ様。報告です。今回も――ルーナの手で魔物が討伐されました」
淡々とした声。
その背後で、白衣の女シグナは静かに立ち尽くしている。
――次の瞬間。
「……また、ですか」
低く、押し殺した声。
ギリ、と歯が軋む音が響いた。
「いい加減にしてほしいものですね……せっかく調整した個体だというのに」
ゆっくりと振り返るシグナ。
その瞳には、明らかな苛立ちと――歪んだ執着が宿っていた。
「……いよいよ、無視できない存在になってきました」
クゥは黙って頭を垂れる。
余計な言葉は挟まない。
ただ事実だけを伝える。
「それともう一点。第一王子アウリスが、現場にて共闘しておりました」
「――何ですって?」
ぴたり、と空気が止まる。
シグナの指先が、わずかに動いた。
「……あの表舞台の英雄が、ですか」
興味が混じる。
怒りとは別の、研究者の目。
「王族でありながら前線に立つ男……噂には聞いていましたが」
口元が、ゆっくりと歪む。
「これは……予想以上に面白いことになってきましたね」
「シグナ様?」
わずかに顔を上げるクゥ。
その視線の先で、シグナは思考を巡らせていた。
ルーナ。
守護獣。
第一王子。
そして――
「……ふふ」
小さな笑い。
「ならば、試してみましょう」
静かに歩み寄る。
白衣の裾が、床を擦る。
「クゥ」
「はい」
顔を上げる。
その瞳には、迷いのない冷静さ。
だが――ほんのわずかに、何かが揺れている。
「次は――」
シグナの口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「ルーナを仕留めるのは、まだ早い。まずは――周囲から崩します」
指を一本立てる。
「あのメイド。あの女は明らかに異質です」
クゥの肩が、わずかに揺れる。
「接触しなさい。揺さぶり、確かめるのです」
そして、もう一つ。
「それと……第一王子」
シグナが楽しげに笑う。
「あの男も、なかなか興味深い」
「アウリス殿下が、ですか?」
「ええ。王族という立場にありながら、自ら危険な戦場へ飛び込んでくる。おまけに、民を守るためなら己の身を危険に晒すことすら躊躇しない」
シグナは顎に指を添え、思案するように目を細めた。
「正義感が強く、勇敢で、力もある。――実に分かりやすい人間です」
「分かりやすい……?」
「そういう者ほど、行動を予測しやすいということですよ」
シグナは机の上に置かれた黒い指輪を一つ摘まみ上げる。
妖しく輝くそれを眺めながら、口元を歪めた。
「計画はこのまま続行します」
「では、また魔物を?」
「ええ。ただし、少し条件を変えてみましょう」
シグナは指輪をクゥへ差し出した。
「これまでより強い個体を選びなさい。そして指輪による魔力の増幅率も、もう一段階引き上げます」
「……危険では?」
「だからこそ、意味があるのですよ」
クゥが指輪を受け取る。
「名誉騎士ルーナ。守護獣アルス。そして第一王子アウリス――」
一人ずつ、確かめるように名前を挙げる。
「彼らが異常な魔物を前にして、どのような行動を取るのか。誰が現れ、誰と手を組み、どこまで抗えるのか――もう少し観察してみましょう」
「もし第一王子が現れなかったら?」
「それなら、それも一つの結果です」
シグナはあっさりと答えた。
「我々の目的は、彼を呼び出すことではありませんから」
「…………」
「魔物たちには、引き続き王都近郊を探らせます。その過程で彼らがどう動くのか――それを見てから、次の実験を考えればいい」
そう告げるシグナの瞳に、好奇の光が宿る。
「特に――強い個体には、少しばかり知恵も与えてみましょうか」
「知恵を?」
「ええ。力で敵わなければ、仲間を使う。危険を感じれば退く。獣にもその程度の判断力があれば、戦い方は大きく変わります」
シグナは小さく笑った。
「さて――名誉騎士は、次の個体をどう攻略するのでしょうね」




