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第一王子アウリスの強き光

 国王との謁見を終えたルーナたちは、城を後にしていた。


「異常な魔物……胸騒ぎがするわ」

「三年前の魔物騒動を思い出しますね……」


 胸に手を添えて息を飲むルーナに補足するナミ。


『でもあいつら全員やっつけたよね?』


 アルスの言うあいつら――三年前にルーナとアルスの二人で打ち破った黒牙商会のことだ。


「黒牙商会、壊滅したはずだけど……?」

「それなのですがお嬢様、一人だけ消息不明のメンバーがいるそうです」

「なんですって?」


 ナミの報告にルーナが眉を潜めた その時だった。


 ――けたたましい警告の鐘が、都中に叩きつけられる。


「お嬢様っ」


 ナミが即座に前へ出る。


「まさか……!」

『あっち、外になにかイヤな気配がする! しかも……いっぱい!』

「行きましょう、アルス!」


 次の瞬間、ルーナは駆け出していた。


 通りへ出ると、そこはすでに混乱の渦だった。


 悲鳴。

 押し合う人々。

 子どもを抱えた母親が転び、露店の棚が倒れて果物が転がる。


「これは……!」


 ただ事ではない。

 そう悟るのに、時間はかからなかった。


『ぼくに乗って!』

「ええ、お願い!」


 ルーナがその背に飛び乗ると同時に、――アルスの尾びれが空気を叩く。


 爆ぜるような衝撃。

 次の瞬間、景色が一気に後方へ流れた。


 馬車を遥かに超える速度で群衆を避けながら進むアルス、そして駆けつける最中、王都の入口付近で近衛兵たちが魔物の群れを迎え撃っていた。


「ヌジャジャジャ!!」


「あれはゴブリン! ……だけど、なんでこんな町のそばにまで……!?」

『見て、一体だけデカいのがいる!』


 アルスの言う通り、多数のゴブリンの中に巨体の魔物が仁王立ちしている。


「ゴオオオオウウウ!!」


 屈強な青い肉体に、角の生えた頭。

 ゴブリンではない。より強力な魔物、ブルーオーガだ。


「まさかブルーオーガがいるなんて!」

「――しかし妙ですね、あの好戦的なブルーオーガがゴブリンに戦闘を任せているように見えます」


 いつの間にか追い付いていたナミが指摘するように、ブルーオーガは後方で立っていて、動いているのはもっぱらゴブリンたちである。


 ――まるでブルーオーガが戦局を見極めているかのようだ。


「怯むな! 魔物は我々の手で殲滅する!」

「おおおお!!」


 近衛兵たちがゴブリンを迎え撃つも、弱小魔物らしからぬ統率の取れた動きで彼らを翻弄している。


「くそっ、ゴブリンごときが!」


 ゴブリンとは思えない巧みな立ち回りに、近衛兵たちは苛立ちを露わにしていた。


「まずいですね、あれではゴブリンたちに足元をすくわれますよ」

「あの近衛兵たちが、そんな!」


 目の前の信じがたい光景に、ルーナは絶句する。


 この王都まで来る途中、護衛を努めてみせた近衛兵たちにかかれば、ゴブリンなど本来は取るに足らない相手。


 それが今、ゴブリンたちの手で近衛兵が一人、また一人と叩き伏せられているのだ。


「急がなきゃ! アルス、飛ばすわよ!」

『オーケー! しっかりつかまってて!』


 ルーナを乗せたアルスがさらに加速しようとした時だった、何者かが光の矢のようにアルスを追い抜く。


「魔物共の好きにはさせない!」


 そしてその剣の一閃で、前衛のゴブリンがまとめて斬り伏せられた。


「ヌジャアアア!?」


「――下がれ! ここは俺が引き受ける!」


 その声を聞いた瞬間、ルーナは目を見開いた。


(この声……!)


 風に翻る深紅のマントに、頭の後ろで一つに結んだやや長めな蜂蜜色の髪。


 ――駆けつけたのはなんと、白馬に騎乗した第一王子のアウリスだった。


「アウリス殿下……!?」


 呆気に取られるルーナの前で、アウリスは剣を高々と掲げて近衛兵たちに呼び掛ける。


「焦るな、お前たち! こいつらは所詮ゴブリンだ、近衛兵の敵ではないだろう!」

「しかしアウリス殿下、こいつら妙に巧みで……!」

「……ほう」


 息も絶え絶えな近衛兵の報告を受けて、アウリスは息を漏らした。


「ならば俺がやる! この第一王子アウリスが助太刀してくれようぞ!!」

「おおおおおおおおお!!」


 アウリスの宣言で、近衛兵たちが腕を振り上げる。


「さすがアウリス殿下、近衛兵たちの士気が目に見えて上がっております」

「あれが第一王子の力……!」


 冷静に分析するナミとルーナの目下で、アウリスは獅子奮迅とばかりに突撃した。


「王家の誇りを見せてやる! キング・オブ・グロリアス!!」


 アウリスがそう唱えるや否や、彼を中心にまばゆい光の覇気が放たれる。


「ヌジャジャジャ……!?」


 これにはゴブリンたちの動きも一瞬止まった。


「今だ、お前たち!」


「アウリス殿下に続けぇ!!」


 発揮されたアウリスの光の力をきっかけに、近衛兵たちが勢いを取り戻し、ゴブリンたちがあっという間に殲滅される。


「すごい、あれがアウリス殿下の力……!」

「それだけにございません、彼の人望と光が、戦局を覆したのです」


 その様子を観察するルーナとナミ。


 残るはブルーオーガ、ただ一体。


「最後は貴様か。まさかブルーオーガともあろう魔物が、単なるでくの坊ではあるまいな?」

「グルルルル……!」


 剣を差し向けるアウリスに、ブルーオーガはギリリと歯を噛み締める。


 ――しかし、その口角が一瞬ニヤリと歪むのを、ルーナとアルスは見逃さなかった。


「アルス!」

『行くよ!』


 尾びれが空気を叩き――爆ぜるような衝撃音とともに、アルスの巨体が弾丸のように前へ射出される。


 風が遅れて追いかけてくるほどの加速。

 視界が一瞬で引き伸ばされる。


「ゴオオオオウウウ!!」


 ――だが。


 ブルーオーガもまた、常識外れだった。


 巨体を沈めたかと思うと、次の瞬間には地面を抉るほどの踏み込みで加速。


 アウリスとの距離を、まるで消すように詰める。


「なっ!?」


 アウリスの視界から、一瞬だけその姿が消える。


 そして――頭上。

 影が落ちた。


 振り上げられた豪腕が、空気を引き裂きながら振り下ろされる。


 風圧だけで、地面の砂が跳ね上がる。


 直撃すれば、鎧ごと叩き潰される一撃。


 だが――


『させないっ!!』


 横合いから、蒼い巨影が割り込んだ。


 ――激突。

 轟音。


 衝撃波が円を描いて広がり、周囲の兵士たちの身体をよろめかせる。


「ぐっ……!」


 アウリスのマントが大きく翻る。


 目の前で、ブルーオーガの腕とアルスの頭部がぶつかり合い、互いに押し合っていた。


 筋肉と筋肉のぶつかり合い。


 骨と骨が軋む音が、空気越しに伝わってくる。


「アルス……!」


 ルーナの声。


 その一瞬、アルスがさらに力を込める。


 水流のような魔力が体表に走り――


『うおおおおっ!!』


 押し返す。


 ブルーオーガの巨体が、わずかに浮いた。


「グオッ……!?」


 その隙を、アウリスは見逃さない。


「見事だ、守護獣!」


 踏み込み。

 地面が砕ける。


 白馬が嘶き、同時にアウリスの剣が光を帯びる。


「そこだあああっ!!」


 一閃。


 光を引き裂くような斬撃が、ブルーオーガの肩口へと叩き込まれる。


 肉を裂く鈍い音。


「グルアアアアアッ!!」


 ブルーオーガが苦悶の咆哮を上げ、巨体を大きく仰け反らせた。


 ――だが。


「……っ!」


 ルーナの背筋に、冷たいものが走る。


 斬られたはずのブルーオーガが――笑っている。

 歪んだ口元。


 明らかに理性を感じさせる表情。


(このブルーオーガ……ただの魔物じゃない!)


『ルーナ、こいつ変だよ!』

「ええ、分かってる……!」


 次の瞬間。


 ブルーオーガの全身に、不気味な魔力が脈打つ。


 紫がかった光が血管のように走り、筋肉がさらに膨れ上がる。


「グオオオオオオオッ!!」


 咆哮とともに、衝撃が弾けた。


 アルスとアウリスの両方を、一瞬だけ押し返すほどの圧力。


「なに……!?」


 アウリスが目を見開く。


「……やはり、ただのブルーオーガではないか」


 その声には、興奮すら混じっていた。

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