国王の謁見と第二王子エリク
翌朝。
目を覚ましたルーナは、宿屋サンフラワーの前に一台の馬車が停まっているのに気づいた。
「あの馬車……近衛騎士の紋章?」
「――おはようございます、お嬢様。どうやら王宮からのお呼び出しのようですね」
背後から声をかけたナミは、いつも通りの落ち着いた所作で朝の挨拶を済ませると、手早く支度を整え始めた。
ルーナは素直に身を任せる。
「二度目の謁見とはいえ、気を引き締めて臨まれませ」
「分かってるわ、ナミ。……いよいよね」
衣装を整え、表情を引き締めるルーナ。
ナミを伴って外へ出ると、アルスが元気よく顔を寄せてきた。
『ルーナ、おはよー!』
「おはよう、アルス。今日はお利口にしててね」
『もちろん!』
大きな頭を撫で、軽く抱きしめる。
その温もりを確かめるようにしてから、ルーナは前を向いた。
馬車から降りてきたのは、近衛隊長フリードである。
「名誉騎士ルーナ殿。王宮よりお迎えに上がりました。どうぞこちらへ」
片膝をつき、騎士らしく頭を垂れるフリード。
ルーナとナミはそれに応じ、馬車へと乗り込んだ。
馬車は走り出し、空中を泳ぐアルスがそれに付き従う。
「ねえフリード、今回のご用件は?」
「申し訳ありません。詳細は伺っておりませんが……ルーナ殿でなければならぬ件とだけ」
「そう。行ってみてのお楽しみ、というわけね」
「左様でございますね、お嬢様」
やがて王宮が見えてくる。
翠の屋根と白亜の外壁が朝日に照らされ、威厳と美しさを同時に放っていた。
『見てルーナ! お城だよ!』
「ええ……やっぱり立派ね」
三年前とは違い、今はその光景をしっかりと見つめる余裕がある。
だが――ナミだけは違った。
群衆、屋根、影。
あらゆる場所へと視線を走らせ、僅かな異変も見逃すまいとしている。
「……ナミ?」
「何でございましょう?」
「やっぱり変よ。ずっと緊張してるみたい」
「当然でございます。いかなる時も、お嬢様をお守りするのが務めですので」
即答。
だがその言葉には、昨夜とは違う確信が混じっていた。
「……そう。頼りにしてるわ」
「この身に代えてでも、お守りいたします」
静かな決意。
それを聞いたフリードが、ふと口を開く。
「大変慕われているのですね」
「ええ。ナミはわたしが生まれた頃からの付き合いなの」
「わたくしにとって、ルーナ様こそがすべてでございます」
「……なるほど」
短く頷くフリード。
それ以上は何も言わなかった。
やがて馬車は王宮へと到着した。
ルーナたちは降り立ち、従者に導かれて中へと進む。
赤い絨毯の敷かれた廊下。
壁には歴史を物語る絵画と、光を受けて輝くステンドグラス。
「……綺麗。三年前は、こんな余裕なかったわね」
そう呟きながら歩みを進める。
そして――謁見の間。
玉座に腰を下ろす国王の前へと導かれた。
「よくぞ参った、名誉騎士ルーナ殿。三年ぶりであるな」
「再びお目にかかれて光栄に存じます」
淑女らしくチュニックの裾を摘まんで一礼するルーナ。
国王は静かに頷き、その視線をアルスへと向けた。
「守護獣も健在のようだな」
「キュイっ(えへっ)」
場の空気を和らげるように、アルスが小さく鳴く。
だが国王の表情はすぐに引き締まった。
「さて――本題に入ろう」
空気が変わる。
謁見の間に、静かな緊張が走った。
「近頃、王都周辺にて魔物の異常な活動が確認されている」
低く、重い声。
「通常の個体ではあり得ぬ動き。群れの統率。……そして、三年前の魔物騒動でも見られた魔導具」
ルーナの表情もまた、自然と引き締まる。
「まるで――何者かの意思が介在しているかのようだ」
「……それは」
「うむ。単なる討伐ではない」
国王はゆっくりと玉座から身を乗り出す。
「名誉騎士ルーナ殿。そなたには、この異変の調査および、魔物の討伐を命じたい」
明確な依頼。
だが、それだけではない。
「必要とあらば、守護獣の力も存分に振るってよい」
王の許可。
すなわち――全面的な信任。
「この件、そなたにしか任せられぬ」
その言葉は、重く、そして確かだった。
謁見の間を退出したルーナは、ふう、と大きく息を吐いた。
「二度目とはいえ、やっぱり緊張するわね……!」
『でもルーナ、かっこよかったよ!』
「ありがとう、アルス。あなたもとてもお利口だったわ」
『とーぜんっ!』
誇らしげに胸を張るアルスに、ルーナも思わず笑みをこぼす。
張り詰めていた空気が、ようやく少しだけ緩んだ――そのとき。
不意に、背後から肩を軽く叩かれた。
「――あなたが、名誉騎士ルーナか?」
「え?」
振り向いたルーナの視線の先にいたのは、一人の青年だった。
整えられた灰銀色の短髪。氷のように澄んだアイスブルーの瞳。
細身ながらも無駄のない体躯に、濃紺の軍服と白いマントがよく映える。
その姿には、確かに見覚えがあった。
「……その装い、まさか。アウリス殿下――ではございませんよね?」
「兄上をご存じか。ならば話は早い」
青年はわずかに口元を緩めると、形式的に一礼する。
「申し遅れた。エリク・グランヴァイス・ノール――第二王子だ」
「第二……王子……!」
思わず息を呑むルーナ。
だがエリクはその反応を気にする様子もなく、じっとルーナを見つめていた。
――いや。
その視線は、ルーナだけではない。
すぐ隣に控えるナミへと、ほんの一瞬だけ向けられる。
「…………」
何も言わない。
だが、その一瞬の視線だけで――ナミの背筋に冷たいものが走った。
(……この方、見ている)
ただの王族ではない。
状況を、空気を、人の機微を――読む側の人間。
そしてその目はアルスにも向けられていた。
「ふむ、なるほど」
エリクは短く息をつくと、再びルーナへと視線を戻した。
「先ほどの謁見、聞かせてもらった」
「え?」
「魔物の異常発生と、その調査任務……だろう?」
自然な口調。
だが、その言葉にはどこか探るような響きがあった。
「どう思う?」
唐突な問い。
だがルーナは一瞬だけ考え、まっすぐに答える。
「ただの討伐では終わらない――そんな気がしていますわ」
「……ほう」
わずかに、エリクの目が細められる。
「ならば、その違和感を見誤るな」
短く、それだけ告げると――彼は踵を返した。
「王都は、見た目ほど単純ではない」
去り際に残されたその一言は、妙に重く響いた。




