王都の裏
ニッケとベルの提案で、ルーナとアルスは王都のカフェで話をすることになった。
「アルスはここで待っててちょうだい」
『……分かった』
少し寂しそうにしながらも、アルスは素直にうなずく。
「すぐ戻るわ」
ルーナが優しく頭を撫でると、
「またすぐ会えるからね、アルスくん」
ベルもそっと抱きしめる。
「キュウ!(うん!)」
アルスは小さく鳴いて、それに応えた。
カフェに入ると、店内は落ち着いたシックな装いだった。
香ばしい茶葉の香りと、やや抑えられた照明。
ざわめきも穏やかで、どこか安心できる空気が漂っている。
「ここ、ウチらがよく来るお店なんです」
「仕事終わりに来ると、ほっとするんだよね~」
「そうなのね。いいお店だわ」
席に腰を下ろしたルーナは、ゆっくりと語り始めた。
ポルタでの出会い。
セレーネブルーを目指した航海。
そこで出会ったシャチたちとの絆。
そして――モルドとの別れと、大魔物の封印。
「――というわけなの」
話し終えた頃、ベルは目元を潤ませていた。
「ルーナちゃん……本当に大変だったんだね……」
「ええ。でもね」
ルーナは穏やかに微笑む。
「辛かったことよりも、嬉しかったことの方がずっと多かったわ」
「その前向きさ、ルーナさんらしいです!」
メモを取りながら聞いていたニッケが、感心したように顔を上げた。
「ポルタのみんなには本当にお世話になったの。もう……第二の故郷みたいなものかしら」
「大事な場所なんだね」
「ええ!」
ルーナは迷いなくうなずいた。
「――今度は二人の話を聞かせて」
「え~、私たちなんて大したことしてないよ~」
「ウチらは順当にランクを三ツ星まで上げたくらいですね」
「あら、それすごいじゃない! わたしと同じだもの!」
ルーナの素直な称賛に、二人は照れくさそうに笑う。
「そんなことないですよ!」
「ルーナちゃんは名誉騎士まであるじゃん。私たちなんて全然だよ~」
「そんなことないわよ」
言い合っているうちに、三人は思わず吹き出した。
「わたしたち、似た者同士みたいね」
「ですね!」
「うん!」
笑いの余韻が、柔らかく場に広がる。
紅茶を一口含んだあと、ルーナは表情を引き締めた。
「……本題に入るわ」
空気が、わずかに変わる。
「最近、ポルタでも凶暴化した魔物の出没が相次いでいるの。その魔物たちには、例外なくあの枷がついていたわ」
その言葉に、ニッケとベルの表情も引き締まった。
「……やっぱり、そっちでもですか」
「ってことは――」
ベルが静かにうなずく。
「うん。こっちでも同じ。最近、王都近辺でも魔物の出現が増えてるの」
「それでウチらも、討伐に駆り出されることが多くなってるんです」
一瞬の沈黙。
ベルは少しだけ声を落とした。
「ルーナちゃんも気をつけてね。最近の王都、ちょっと……きな臭いから」
その言葉には、ただの注意以上の重みがあった。
だがルーナは、静かに微笑む。
「ありがとう、ベル。でも大丈夫よ」
一拍置いて――
「アルスがいるもの」
「……うん」
ベルも、ようやく安心したように微笑む。
「そうだね。アルスくんがいれば無敵だもんね」
こうして話し合いを終え、三人は席を立った。
外には、変わらぬ王都の喧騒が広がっている。
――だがその裏で、何かが確実に動き始めていた。
ニッケとベルの二人と別れ、カフェを出たルーナのもとへ、アルスが大きな顔をすり寄せてくる。
『お帰り、ルーナ。ぼく、お利口にしてたよ』
「そうなのね。えらいわ、アルス」
得意げなアルスの額を、ルーナは優しく撫でてやる。
『えへっ』
嬉しそうに目を細めるアルス――そのとき、ナミが戻ってきた。
「お話は済みましたか、お嬢様」
「ええ、とても有意義な話ができたわ」
ルーナが先ほど聞いた情報を簡潔に伝えると、ナミはわずかに眉を寄せ、思案するように目を伏せた。
「やはり……王都にも、まだ裏がありそうですね」
「そうね。油断はできないわ。頼りにしているわよ、ナミ」
「お任せください。お嬢様をお守りすることこそ、わたくしの務めですので」
恭しく一礼したナミだったが、ふと顔を上げると、空気の変化を捉えたように視線を巡らせた。
「……おや?」
「どうしたの、ナミ?」
「今、わずかに――殺気のようなものを感じたのですが……」
周囲を見渡すナミの様子に、ルーナもわずかに緊張を帯びる。
だが、すぐに表情を緩めた。
「……気のせいならいいのだけれど。本当に危険だと思ったら、そのときはお願いね」
「承知いたしました」
短く頷くナミ。
人通りは多く、視線を向けても不審な影は見当たらない。
だが――それでもなお、何かに見られているような感覚だけが、微かに残っていた。
そんな中でルーナたちは、警戒を胸に抱いたまま、しばらく滞在する宿を探して歩き出した。
*
王都の喧騒を見下ろす建物の屋根の上。
ひとつの影が、ルーナたちの姿を静かに追っていた。
「……あれが標的」
黒装束の女暗殺者――クゥは、淡々と呟く。
視線はまずルーナへ。
「ただの小娘……じゃない。動きがいい」
そして次に、巨大な影へと移る。
「……あれが守護獣」
アルス。
距離があっても分かる、異質な存在感。
「正面からは無理。……シグナ様の言う通り」
だが――その視線が、ふと止まる。
「……?」
ナミ。
ルーナのすぐ傍に控える、メイド。
その立ち姿、その視線、その気配。
「……なんだろ」
胸の奥に、わずかな引っかかりが生まれる。
見覚えがあるような、ないような。
――どこかで。
ほんの一瞬、思考が揺らぐ。
だがすぐに、クゥは小さく首を振った。
「……関係ない」
任務は監視。
余計な感情は不要。
「シグナ様の命令は、あくまで観察」
短剣に触れかけた指を、止める。
「……でも」
再びナミを見る。
今度は、ほんのわずかに目を細めて。
「……あの人、気づきかけてた」
あの瞬間。
ほんの一瞬だが、確かにこちらを捉えかけた。
「へぇ……」
口元が、わずかに歪む。
「ただのメイドじゃないんだ」
興味。
それは、任務にはないはずの感情。
「……もう少し、見てみよ」
そう呟くと同時に、クゥの姿は屋根の影へと溶けた。
「逃がさないよ――」
その声は、誰にも届かないまま。




