王都再訪
アルスにご褒美を与えたところで、ルーナはナミから声をかけられた。
「お嬢様、やはりワイバーンにもこれが」
ナミが差し出したのは、ヒドロクラーケンにも装着されていたものと同じ――金色の枷だった。
「……嫌な予感がするわね。忌々しい黒牙商会を思い出すわ」
ルーナは眉をひそめる。
三年前、王都を震撼させた魔物密売組織。
そしてその壊滅の裏には、魔物を操る禁じられた研究があった。
「今後も注意を払うべきでしょう」
「ええ、そうね」
迫り来る不穏な気配に、ルーナはナミとともに曇天を見上げた。
*
時を同じくして――王都近郊、地下深く。
石造りの研究室で、白衣の女が無数の器具を操作していた。
「……まだ改良の余地がありますねぇ」
女はぼそりと呟く。
シグナ・レミリア。
かつて魔物の闇取引を行っていた組織――黒牙商会の研究員である。
三年前、黒牙商会は表向き壊滅した。
しかしシグナだけは生き延び、今なお地下で研究を続けていた。
魔物を操る術。それを完成させるために。
その時、研究室の扉が開いた。
「報告いたします!」
部下の男が駆け込んでくる。
「管理下のワイバーンが王国の馬車を襲撃しましたが、名誉騎士ルーナによって討伐されました!」
その報告に、シグナは小さく舌打ちをした。
「ヒドロクラーケンに続き、ワイバーンも……ですか」
白衣の袖を整えながら、彼女は低く呟く。
「あの銀髪の娘、まだ私の研究を邪魔するつもりですか……」
三年前。
黒牙商会壊滅の引き金となった少女――ルーナ。
その名を聞くだけで、シグナの瞳には露骨な苛立ちが浮かぶ。
「それだけではございません」
部下が続ける。
「どうやらルーナは王都へ向かっている模様です」
「――そう、ですか」
その瞬間だった。シグナの表情が、ふっと緩む。
「ふふ……」
器具を机に置き、彼女は薄く笑った。
「もしや彼女も、私との決着を望んでいるのですかねぇ?」
その声音は楽しげですらある。
「ここまで来ると、かえって面白いものです」
「……シグナ様?」
怪訝そうに部下が声をかける。
「いえ、なんでもありません。ルーナの監視は引き続きお願いします」
「はっ!」
部下が退室すると、入れ替わるように黒髪の女が研究室へ入ってきた。
その横顔はどこかナミとよく似ている。
しかし身体に密着する暗紫の装束は、暗殺者の装いである。
「シグナ様」
女は膝をつき、静かに言った。
「そのルーナという娘……ボクが始末いたしましょうか」
「いえ」
シグナは首を横に振る。
「今はまだ、その時ではございません」
そして意味ありげに笑った。
「彼女はしばらく泳がせておきましょう」
「承知しました」
「――ですが」
シグナは眼鏡を指で押し上げる。
「時が来たら、頼みますよ。……クゥ」
「御意」
短く答えると、クゥは音もなく研究室を後にした。
短く切り揃えた黒髪。
野獣のように鋭い碧眼。
その姿を見送ったシグナは、ふと首をかしげる。
「……しかし。どこかで見た顔立ちですねぇ」
しばし考え込む。
やがて首を振った。
「……まさか、ね」
そして再び研究台へ向き直る。
シグナの研究は、まだ始まったばかりだった。
*
それからというもの、ルーナたちは道中で何度も現れる魔物や猛獣を退治しながら、ゆっくりと王都への道を進んでいた。
『それにしても、馬車ってのろまなんだね~。ぼくだったらもっと速く進めるのに』
退屈そうに宙を漂うアルスに、ルーナはくすりと笑って答える。
「アルスはシャチだもの。でも、これだけの人を一度に運ぶなんて、あなたにできるかしら?」
『無理!』
あまりにも即答だった。
そのあっけらかんとした返事に、ルーナは思わず吹き出す。
「そうでしょ。この世には得手不得手があるのよ。アルスの力が本当に役に立つのは、きっと別の時だわ」
『そうだね~』
そんな他愛ない会話を交わしながら進むこと数日。
やがて、ルーナたちの前に巨大な石造りの城壁が姿を現した。
白灰色の壁は空に届くかのように高く、幾つもの塔がそびえ立っている。
「あれが王都……三年ぶりね」
懐かしさを含んだ声でルーナが呟く。
『ニッケとベルも元気にしてるかなあ?』
アルスの言葉に、ルーナはふっと微笑んだ。
礼儀正しく快活な武闘家のニッケ。
穏やかで慈愛に満ちた魔術師ベル。
三年前の冒険を共にした仲間たちだ。
「そうね……あの二人、どうしてるかしら」
「ニッケ様とベル様のことでしょうか? あのお二人なら、きっとお元気でしょう」
ナミも静かに頷く。
そうして思い出話を交わしながら王都の入場列に並ぶと、早くも周囲がざわつき始めた。
「あれが名誉騎士ルーナ様……!」
「本当にシャチを連れているぞ!」
「ルーナ様がお戻りになったんだ!」
口々に向けられる尊敬と驚きの声。
ルーナは頬に両手を添えて照れた。
「ここまで注目されると、さすがに照れ臭いわね」
「それだけ、お嬢様の功績が王都に知れ渡っているということです」
『ぼくたち有名人だね!』
「ええ、そうみたいね」
軽く笑ってごまかすルーナ。
やがて、入城の順番が回ってきた。
城門前には騎士団が整然と並んでいる。
その中心。
ひときわ堂々とした人物が立っていた。
白地に金の装飾を施した軍服。
肩から翻る深紅のマント。
堂々と仁王立ちするその男を見て、ルーナは思わず足を止める。
「あのお方は……?」
初めて見る人物だった。
年の頃は二十代前半。
やや長めに伸ばした蜂蜜色の金髪が陽光を受けて輝き、黄金の瞳が鋭く周囲を見渡している。
体つきも鍛え上げられており、鎧を着ていなくとも武人だと分かる。
その青年は、ルーナの姿を認めると――口元を大きく歪め、豪快に笑った。
「よくぞ来た、名誉騎士ルーナ!」




