16の誕生日と王都からの勅命
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ヒドロクラーケン討伐から七日。
奇しくもその朝、ルーナは十六歳の誕生日を迎えていた。
目を覚ますと、すぐそばに控えていたナミが、柔らかな声で祝福する。
「十六歳のお誕生日、おめでとうございます。お嬢様」
「そういえば今日だったわね。ありがとう、ナミ」
素直に礼を述べると、ナミは目を細めて微笑んだ。
「お嬢様の日々のご成長、目覚ましい限りでございます。きっとお館様もお喜びになることでしょう」
「そうね……お屋敷を出て、もう三年になるのね」
胸元でそっと両手を重ね、ルーナはしみじみと呟く。
この三年間――彼女の心も身体も、大きく変わった。
そのとき。
『ルーナ、おはよー!』
窓いっぱいに、アルスの大きな顔がぬっと現れた。
「おはよう、アルス。今日も最高の日になりそうね」
『ん?』
きょとんと首を傾げるアルスに、ルーナはくすりと笑い、窓を開ける。
そして、彼の額にそっと唇を寄せた。
「三年間、ずっとそばにいてくれてありがとう」
『そんなの当たり前だよ! だってぼくたち、家族だもん!!』
屈託のないその言葉に、ルーナの胸がじんわりと熱くなる。
「家族……ええ、そうね。ずっと愛してるわ、アルス」
『うん! ぼくもルーナが大好き!!』
無邪気に尾びれを揺らすアルスを見つめながら、ナミはそっと目元を拭った。
「お二人とも……本当に、強い絆で結ばれておりますね」
ナミに着替えを整えてもらったルーナが食堂へ降りると、女将とティノが並んで待っていた。
「ルーナちゃん」
「ルーナさん」
二人は顔を見合わせ――
「「お誕生日おめでとう!」」
「――まあ!」
差し出された皿を見て、ルーナは目を見開く。
簡素ながら丁寧に焼き上げられた、バターケーキ。
表面には砕いたアーモンドが散りばめられ、朝の光を受けて香ばしく輝いている。
「……いつもお世話になってるから、そのお礼にと思って……」
「このケーキ、ティノがほとんど作ったんだよ」
「そうなの!?」
「……うん」
照れくさそうに頬をかくティノに、ルーナはふわりと頬を緩めた。
「それじゃあ、早速いただくわ」
一口。
噛んだ瞬間、バターの濃厚なコクと、アーモンドの香ばしさが口いっぱいに広がる。
「……美味しい……!」
「よ、よかった……」
心からの言葉に、ティノは安堵したように胸を撫で下ろした。
「お嬢様、そのようにがっついては品がございませんよ」
「あら、これは失礼したわ」
ナミのたしなめに、ルーナは肩をすくめて笑う。
それにつられて、ティノたちも思わず吹き出した。
「ごちそうさま。それじゃあ、ギルドに行ってくるわ」
「今日も仕事?」
「それもあるけど……多分、お父さまからの手紙が届いてる頃だと思うの」
「そっか。いってらっしゃい」
ティノに見送られ、ルーナは軽やかな足取りで宿を後にした。
ポルタのハンターギルドに足を運んだルーナは、まっすぐ受付へ向かった。
「おはようございます、名誉騎士ルーナ様。ちょうど貴女宛にお手紙が届いておりますよ」
受付嬢から差し出されたのは、見慣れた紋章の封蝋。
――ダックリバー家の家紋。
どこか懐かしさを覚えながら、ルーナはそれを受け取る。
ナミが手際よく封を切ると、中身は――毎年恒例の、少し不器用な祝福の文だった。
「お父さま……。わたし、ルーナは今もアルスと共にあるわ」
手紙をそっと胸に抱き寄せる。
その姿を見つめ、ナミは柔らかな微笑みを浮かべた。
「お嬢様は、お誕生日を祝ってくださる御家族がいて……誠に幸せ者でございます」
だが、その笑みの奥に、わずかな陰が差す。
それに気づいたルーナは、優しく言った。
「あら、ナミだってダックリバー家の一員じゃないの」
「お嬢様……はい。左様でございますね」
その言葉に、ナミの表情がふっと和らぐ。
――そのときだった。
外から、ざわめきが流れ込んできた。
「……なんだか外が騒がしいわね」
「左様ですね。何事でしょうか」
二人がギルドの外へ出ると、町の入り口付近に人だかりができていた。
「みんな、一体どうしたの?」
「名誉騎士様、ちょうどよかった!」
居合わせた町人が、興奮気味に指さす。
「町に豪勢な馬車が来てさ、あんたを探してるみたいなんだ」
「わたしを?」
ルーナが目を丸くした、そのとき。
『あっちに、なんかすごそうなのいる~』
アルスが隣で顔を上げる。
――次の瞬間。人混みが左右に割れた。
白銀の甲冑をまとった青年が、一直線にルーナの前まで歩み寄ってくる。
迷いのない足取り。
洗練された軍人の所作。
「あなたが、蒼水の盾の名誉騎士、ルーナ様でございますか」
張りのある声。
「ええ、そうだけど……」
ルーナが答えた瞬間――
「ならば、至急ご同行願います。我々と共に、再び王都へ」
有無を言わせぬ口調で、青年はルーナの手を取ろうとした。
――パシッ。
ルーナは素早くその手を振り払う。
「待って。わたしのことを知ってるって……あなたたちは何者なの?」
空気が、わずかに張り詰めた。
青年は一瞬目を細め――すぐに姿勢を正す。
「これは失礼を」
彼は片膝をつき、深く一礼した。
「私はフリード。王都近衛隊長を務めております」
「近衛隊長が、どうしてこんなところに……?」
驚きを隠せないルーナに、フリードはどこか熱を帯びた眼差しで告げる。
「貴女様の武勲は、すでに王都に届いております。守護獣と心を通わせ、王都の危機を救った――と」
「キュウ?(ぼく?)」
「ええ、守護獣様も含めて、です」
フリードは懐から一通の書状を取り出した。
重厚な封蝋。
王家の紋章。
「――国王陛下よりの勅命にございます」
場の空気が、凍りつく。
「こちらへ」
馬車へと促すフリード。
だが――ルーナは一度、静かに息を吐いた。
「……事情は分かったわ」
一拍。
「でも、今すぐは無理よ」
フリードの眉が、わずかに動く。
「ポルタのみんなに、説明しなくちゃいけないもの」
はっきりとした拒否。
だが礼節は崩さない。
その対応に、フリードはむしろ満足げに目を細めた。
「――ごもっとも」
彼は静かに立ち上がる。
「では、明日。改めてお迎えに上がります」
「ええ、お願いするわ」
こうして――ルーナは再び、王都へと呼び戻されることになった。




