二人の王子
*
王都ノールセント、評議院議場。
大理石で築かれた円形の空間に、高窓から射す白光が冷たく落ちている。
本日の議題は「南方海域の魔物増加」。
議場は荒れていた。
「地方の漁港など放置でよい!」
「軍を出すほどではない!」
「財政を圧迫するだけだ!」
机を叩き、声を荒げ、責任を押しつけ合う貴族たち。
その喧騒の中心――玉座代行席に座る若き王子は、一言も発していない。
エリク・グランヴァイス・ノール。
ノール王国第二王子。
濃紺の軍服に白いマント。
背筋は寸分の狂いもなく伸び、視線は静かに議場全体を射抜いている。
やがて――彼の指先が机を叩いた。
コツ。
もう一度。
コツ。
それだけで、ざわめきが止まる。
誰もが、無意識に言葉を飲み込んでいた。
王子はゆっくりと口を開く。
「海は、王国の血流だ」
低く、澄みきった声が石壁に反響する。
「血流を軽んじた国は、内部から腐る」
それは感情ではなく、事実を告げる声だった。
反論する者はいない。
否、できない。
エリクは一枚の書簡を掲げる。
「名誉騎士ルーナ・ダックリバー。ポルタ沖にてヒドロクラーケンを単独討伐」
議場がざわめく。
「……偶然ではない」
アイスブルーの瞳が、わずかに鋭く光る。
「魔物は増えているだけではない。統率されている」
空気が変わる。
「これは漁村の問題ではない。国家の問題だ」
断定。
議論は、そこで終わった。
やがて人が引き、議場は静寂に包まれる。
残ったのは王子ひとり。
窓の外には、曇天の王都。
エリクは小さく息を吐いた。
「……正しいだけでは、国は救えない」
ほんの一瞬だけ、若き少年の表情が覗く。
だが次の瞬間には、王子の顔へ戻る。
背後から足音。
側近カレンが一礼する。
やや短い金髪、黒のパンツスーツ。
鋭い目を持つ、静かな影。
「殿下。ダックリバー家の公女を召集なさいますか」
沈黙。
エリクは窓の外を見たまま答える。
「召集状を発行しろ。父上の名で」
そして続ける。
「彼女は海に選ばれた存在だ」
わずかな間。
「王都へ」
決断。
少女ルーナと王子エリクの運命が、静かに動き出す。
ノールセント王城外郭――近衛騎士団の訓練場。
鋼と鋼がぶつかる甲高い音が、澄んだ空気を震わせていた。
「踏み込みが浅い!」
豪快な一声と同時に、重い鉄剣が振り下ろされる。
受けた騎士が体勢を崩し、砂地に膝をついた。
「ぐっ……!」
勝者は一歩退き、剣を肩に担いで笑う。
「悪くない。だが実戦なら今ので首が飛んでいるぞ」
蜂蜜色の金髪が陽光を受けて煌めく。
鍛え抜かれた体躯に、白と金を基調とした軽装甲冑。
その胸元には王家の紋章――跳ねる魚。
第一王子アウリス・グランヴァイス・ノール。
王位第一継承者にして、王国軍の象徴。
彼は兜を外し、汗を払う。
「殿下、見事な太刀筋にございます」
側近の騎士が恭しく頭を垂れる。
「見事も何もあるか。俺が鈍ってどうする」
アウリスは豪快に笑い、倒れた騎士の腕を掴んで引き起こした。
「立て。お前はまだ伸びる」
その一言で、周囲の兵士たちの背筋が伸びる。
慕われているのが一目で分かる。
そこへ、軍務官が慌てて駆け込んできた。
「殿下。南方海域の件でご報告が」
「ほう」
アウリスは剣を受け渡しながら片眉を上げる。
「例の魔物増加か?」
「は。ポルタ沖にてヒドロクラーケンが出現。しかし――」
軍務官は一枚の報告書を差し出す。
「名誉騎士ルーナ・ダックリバーが単独討伐。守護獣と共に」
アウリスの瞳が僅かに細められた。
「守護獣……かつて王都を救ったあのシャチの公女か」
彼は報告書を受け取り、ざっと目を通す。
「単独撃破、か。若いな」
だがその声には侮りはない。
「殿下、第二王子殿下は慎重な調査を進言なさっております」
その言葉に、アウリスはふっと笑った。
「エリクらしいな」
空を見上げる。
雲ひとつない青空。
「だがな、国は時に決断を迫られる」
黄金色の瞳が、真っ直ぐ前を向く。
「魔物が増えるなら斬る。脅威があるなら叩く。それが王の務めだ」
軍務官が息を呑む。
アウリスは歩き出した。
「その名誉騎士、王都に来るのだろう?」
「は。勅命により」
「ならば会おう」
その声音は明るく、力強い。
「海の英雄が、どれほどの覚悟を持つか――この目で確かめてやる」
太陽を背に、深紅のマントが翻る。
訓練場に立つその姿は、まるで王国そのものの象徴のようだった。
――だが、その光が強いほど、影もまた濃くなる。
王都の地下で、別の思惑が静かに動き始めていることを、彼はまだ知らない。




