↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたしとシャチの異世界ペアダイブ  作者: 月光壁虎
冒険の終わりと、新たな始まり
PR
74/75

父ビンゴからの手紙

 後日――ノール王国に、短い夏が訪れた頃。


 港町ポルタに腰を落ち着けていたルーナは、久しぶりにハンターギルドへ足を運んでいた。


 石造りの建物の扉を開けると、相変わらず鼻をくすぐる酒の匂いと、昼間から騒がしい冒険者たちの声。


 どこか懐かしく、少しだけ安心する匂いだった。


 セーラー服の制服を身にまとった受付嬢が、にこやかに頭を下げる。


「いらっしゃいませ、名誉騎士ルーナ様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「仕事を頼むわ。何か手頃なものはないかしら?」


 セレーネブルーから戻ってしばらく。

 日常に戻ったとはいえ、じっとしているのは性に合わない。


「それでしたら、こちらはいかがでしょう?」


 差し出された依頼書を、ルーナは受け取る。

 隣からナミも静かに目を通した。


「……港に住み着いたサメの駆除、ですか」

「これならアルスと一緒にできそうね。ちょうど身体も鈍りそうだったし、これにするわ」

「ありがとうございます。では受注手続きを――」


 受付嬢が書類をまとめかけた、そのときだった。


「あ、そういえば。ルーナ様にお手紙が届いておりました」

「手紙?」


 受付嬢が差し出した封筒は、見慣れた家紋入りの上質な紙。


 ルーナの胸が、ほんの少しだけ高鳴る。


「……お父さまからだわ」


 ビンゴからの手紙は、いつも突然で、どこか不器用だ。


 セレーネブルーのことは、どこまで伝わっているのだろう。


 自分が見たもの、選んだこと、失ったもの――。


「ナミ、読んでもいいかしら?」

「ええ、もちろんでございます」


 ナミが丁寧に封を切る。


 折り目を広げたその紙には、見慣れた父の筆跡が、静かに綴られていた。


――

 ルーナへ。

 また一つ年を重ねたな。

 父としては少し寂しくもあり、誇らしくもある。

 港がずいぶん騒がしかったと聞いた。

 お前はまた、とんでもない海を見つけたらしいな。

 無事で戻ったと聞いて、まずは安心した。

 だがルーナ。お前に一つだけ言っておきたい。

 誰かの最期を、ひとりで背負うな。

 守るというのは、抱え込むことではない。

 お前は名誉騎士だが、それ以前に、私の娘だ。

 私は、お前が笑っている姿を見るのが何より好きだ。

 生まれてきてくれてありがとう。

 次に会うときは、土産話を聞かせてくれ。

 ――父より

 P.S.

 北方より奇妙な便りが届いている。

 海はまだ、お前を必要としているらしい。


「――そういえば、今日はわたしの誕生日だったわね」


 ぽつりと呟いたルーナは、手紙をそっと胸に抱きしめた。


 セレーネブルーで誰かの最期を見届けたばかりだというのに。

 自分は今日、生まれてきたことを祝われている。


 不思議な巡り合わせだと、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。


「左様でございますね。お誕生日おめでとうございます、お嬢様」


 ナミは穏やかに微笑み、いつもより少しだけ柔らかな声で祝福を告げた。


「ええ、ありがとう。ナミ」


 その言葉を受け止めながら、ルーナは改めて手紙の重みを感じる。


 父の筆跡は、相変わらず不器用で、それでも確かな温度を持っていた。


『――たんじょーび?』


 ふと横から、アルスの大きな顔がぬっと覗き込む。


「わたしがこの世界に生まれてきた日よ」

「とてもおめでたい日なのでございますよ、アルス様」

『キュウ?(そうなんだ!)キュイ~!(おめでとう、ルーナ!)』


 アルスは嬉しそうに鳴き、口先をルーナの頬にすり寄せた。


 その無垢な祝福に、ルーナは思わず笑みをこぼす。


「アルスもありがとう」


 そう言って額に軽く口づけると、アルスは誇らしげに胸を張った。


 ルーナはもう一度、手紙の一文を思い出す。


 ――お前がどこにいようと、私はお前の父だ


 その一節が、胸の奥に深く染み渡る。


「お父さま……わたし、ルーナはダックリバー家に生まれて、本当に幸せ者だわ」


 それは家名の誇りではなく、帰る場所があるという確信。


 モルドには帰る場所がなかった。

 だが自分にはある。

 だからこそ――前へ進める。


 ルーナの瞳には、静かな決意と、確かな温もりが宿っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。