港への帰還
*
港町ポルタの漁港にて、独りの老人が海の彼方を見つめていた。
日に焼けた皺だらけの顔。
片目を覆う古い眼帯。
伝説の漁師ザップドスである。
「あの娘たち……辿り着けたかのう、セレーネブルーに」
葉巻の煙が、ゆるりと海風に溶けていく。
四ヶ月前、若き名誉騎士ルーナと仲間たちは、この港を旅立った。
かつて自分も目指し、そして届かなかった伝説の海を目指して。
(わしは行けなんだ……だが、あの娘は)
物思いに沈むザップドスの視界に、やがて一つの影が現れる。
「あれは……!」
黒と白の流線が美しい船体。
船首には跳ね上がるシャチの木像。
舷側には波と星の意匠。
――アルーナ号。
疑いようもない。
「ほっほ……やりおったか」
その目に、わずかに涙が滲む。
「これは港に知らせねばなるまい」
ザップドスは杖を鳴らし、酒場酔いどれの青き鯨へ向かった。
噂は瞬く間に広がる。
やがてポルタの港は、人で埋め尽くされた。
*
同じ頃、アルーナ号はポルタへと向かっていた。
「港が見えてきたのさ!」
双眼鏡を掲げるエルザの声に、ルーナの胸が跳ねる。
「……戻ってきたのね、ポルタに」
「長いようで、短い旅でしたね」
ナミがそっと肩に触れる。
ティノは船尾に立ち、後方を見ていた。
「……こんな派手な魚群を連れて帰ったら、驚くよね」
「ひっくり返るのさ、間違いなく!」
アルーナ号の後ろを、金色の魚群が続いている。
まるで、海そのものが祝福しているかのように。
「まさかお魚たちまでついてくるなんて」
「お嬢様への返礼でしょう」
『このお魚おいしーよね!』
アルスがつまみ食いをしながら言う。
それでも魚群は離れない。
そして――
「あれって……!」
ティノが指差す。
港は、人、人、人。
「名誉騎士様ー!」
「ご無事で!」
歓声が波のように押し寄せる。
「みんなー! ただいま!」
ルーナが手を振る。
アルーナ号は錨を下ろし、彼女たちは陸へ降り立った。
押し寄せる人々。
「ちょ、ちょっと……苦しいわ」
「さすがルーナなのさ!」
笑い声が溢れる。
そこへ、宿屋の女将が歩み出る。
「エルザ、ティノ……!」
次の瞬間、二人は強く抱きしめられた。
「帰ってきてくれて……本当に、よかった……!」
ティノの喉が詰まる。
エルザは照れ笑いを浮かべながら、涙を拭った。
ナミはその光景を少し離れて見守る。
「ここが……帰る場所」
小さく、呟く。
人混みを割って現れたのは、ザップドス。
「よく戻った」
「ザップドスさん。……行ってきましたわ、セレーネブルー」
ルーナは丸い光貝を差し出す。
港のざわめきが止まる。
「ほう……」
ザップドスの目が細まる。
「見たことねぇ貝だぞ!」
「本当にあったのか……!」
さらに声が上がる。
「海が……金色だ!」
振り向けば、港の海面が黄金に染まっている。
歓声が爆発する。
「セレーネブルーから来たお魚よ!」
「うまいのさ!」
笑いと驚きが渦巻く。
――後に金色イワシと名付けられるその魚は、ポルタの誇りとなる。
だが。
その輝きの裏に、一頭のシャチの犠牲があったことを、ルーナだけは忘れない。
夜。宿屋へ戻ったルーナは、窓から海を見つめた。
「……本当に、帰ってきたのね」
「左様でございます」
ナミがそっと寄り添う。
「探検少女は忙しいのさ! 冒険譚を書かねば!」
「エルザさん、待って!」
駆け去る二人。
静かな笑いが残る。
「また慌ただしくなりそうですね」
「ええ。でも、それも嫌いじゃないわ」
振り向くと、宙を漂うアルス。
「アルス。今日まで、本当にありがとう」
そっと口づける。
『うん! また明日!』
ルーナは、ほんの一瞬だけ空を見上げる。
(モルド……あなたの海は、守られたわ)
夜の海は、穏やかに輝いている。
だがその深奥で、まだわずかな揺らぎが残っていることを――彼女は、知っていた。
セレーネブルーは守られた。
けれど、物語はまだ終わらない。
光貝は、静かに次の時代を待っている。




