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わたしとシャチの異世界ペアダイブ  作者: 月光壁虎
セレーネブルーの秘密
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物言わぬ森の古びた遺跡

 音のしない砂浜を抜けた先に、白樺の林が現れた。


 幹は白く、空へ向かって真っ直ぐに伸びている。

 一見すれば、北方ではどこにでもありそうな景色――のはずだった。


「この島には、森があるみたいですね」

「ええ……でも……」


 ルーナは言葉を濁した。

 白樺の葉は、確かに風を受けて揺れている。  

 それなのに、葉擦れの音がしない。


 さらさら、という音も。

 枝が触れ合う気配すらも。

 揺れているのに、音だけが存在しない。


「……やっぱりおかしいわ。ここ」


 その違和感を吹き飛ばすように、エルザが声を張り上げる。


「ここはきっと、ただの島じゃないのさ! 燃えてきたのさー!」

「ちょっと、エルザ!? また突っ走って――!」


 制止する間もなく、エルザは森の奥へ駆けていく。

 ルーナたちは顔を見合わせ、慌てて後を追った。


 森に足を踏み入れると、景色はさらに変わった。


 白樺はいつの間にか姿を消し、代わりに針葉樹が密集している。

 背の高い木々が空を覆い、足元には影が溜まっていた。

 下草はほとんどない。

 苔も、落ち葉も、湿り気すらも乏しい。

 そして――ここでも、音がない。

 枝を踏み折る感触はある。

 土を踏みしめる重さも伝わってくる。


 だが、それに伴う音だけが、最初から存在しないかのようだった。


「……静かすぎる」

「ええ。静寂というより……空白に近いですね」


 ナミは低くそう告げ、無意識のうちにルーナの半歩後ろに位置取る。


 先行していたエルザが、木の根元でしゃがみ込んだ。


「これ、見たことないキノコなのさ!」

「まあ……!」


 傘はルーナの顔ほどもあり、赤と白のまだら模様。

 目にした瞬間、身体が本能的に距離を取ろうとする色彩だった。


「もしかしたら、食えるかもしれないのさ!」


「……それ、絶対にダメなやつ」

「ティノ様の言う通りです。見慣れないものは口にすべきではありません」


「ちぇーっ」


 エルザは不満そうに唇を尖らせ、キノコを放り投げた。


 だが、地面に落ちたはずのキノコは―― 音もなく、ぬるりと土に沈んだ。


「……今の、見た?」

「……気のせい、なのさ」


 誰もそれ以上、触れようとはしなかった。


 進むにつれ、同じような色彩のキノコが増えていく。

 赤、青、紫、緑――どれも不自然なほど鮮やかだ。


「森なのに……生きてる感じがしないわ」

「食える気もしないしな……」


 その中で、アルスだけが明らかに様子を変えていた。


「どうしたの、アルス? さっきから黙ってるけど」

『……この森、いやだ』


 いつもなら天真爛漫で好奇心旺盛な彼が、はっきりと嫌悪を示している。


『ここ、息ができない感じがする』

「大丈夫よ、アルス。もう少しだけ……この森を抜けたら、美味しいお魚をあげるわ」

『……お魚?』

「ええ、約束」

『……うん』


 納得したように頷くものの、アルスは終始ルーナから離れなかった。


 そのとき――


「……だれ?」


 ルーナが足を止め、振り返る。


「え? どうしたのさ?」

「……今、見られてる気がしたの」


 だが、そこには誰もいない。

 木々も、影も、沈黙したままだ。


「ナミ、何か感じない?」

「……いえ。わたくしには何も」


 ナミが何も感じない。

 それが、かえって異常だった。


 ルーナが前を向いた瞬間、彼女の背後を――青白い影が、静かに横切った。


 誰にも気づかれないまま。



 やがて、一行の前に石造りの構造物が現れた。


「……これは」

「遺跡なのさ!」


 石を円環状に組み上げた祭壇。

 風雨に晒され、苔に覆われているにもかかわらず、崩れた様子はない。


 ティノが石肌を拭い、古い文字を見つける。


「何か……書いてある」

「古ノール文字ですね。ですが、あまりにも古い……」


 白い手袋をはめた手で石肌を撫でるナミの視線が、文字の隣に刻まれた図像へ移る。


「……これは」

「シャチ……よね?」


 抽象化されてはいるが、白黒の配色、高く立つ背びれ。

 それがシャチであることを、ルーナは直感した。


 人とシャチが、円環の内側で並んで描かれている。

 ――共に、何かへ祈るように。


「こっちなのさ!!」


 エルザの声に導かれ、さらに奥へ。


 そこに立っていた石碑を見た瞬間、全員が言葉を失った。


 巨大な海蛇。

 シャチが小魚に見えるほどの、異様な存在。


 人とシャチが、必死に祈り、鎮めようとしている姿。


「……これが……」

「セレーネブルーの、過去……?」


 背筋を冷たいものがなぞる。


『……ルーナ』


 振り向くと、アルスが遺跡の外で震えていた。


『ここ、やっぱりだめ……』


 その恐怖は、理屈ではない。

 生き物としての、本能的な拒絶だった。


「分かったわ。みんな、もう――」


 その瞬間。

 懐の光貝が、鼓動するように明滅した。


「これは……!?」


 光は一気に膨れ上がり、ルーナとアルスを包み込む。


『ルーナ!?』

「お嬢様!!」

「まぶしいのさ!!」


 ――白。

 すべてが、白に塗り潰された。


 次に気づいたとき、ルーナとアルスは、音も影もない白い空間に立っていた。

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