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わたしとシャチの異世界ペアダイブ  作者: 月光壁虎
海の入り口と新たな出会い
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救いの手

 宿屋に戻るなり、出迎えた女将が目を丸くした。


「お帰り、今日は遅かったのね――あら、その子は?」

「この子、お腹を空かせてるの。すぐに食事をお願いできる?」

「あたしからも頼むのさ!」


 二人そろって頭を下げると、女将は困惑したように眉をひそめた。


「構わないけど……その子、獣人だよね?」

「……っ」


 ティノは小さな獣耳を慌てて押さえ、俯いた。


(そういえば、獣人は差別されることもあるって……ナミが言ってたっけ)


 ルーナはそっと彼の肩に手を添える。


「気にすることないわ。ね、ティノくん」

「……ああ」


 浮かない顔のまま頷くティノを、ルーナは食堂へと案内した。


 木造の室内にはランプの灯が揺らめき、温かいスープの香りが漂っている。


 長い尻尾を引きずりながら席に着いたティノを、ルーナたちが囲むように座った。


「はい、お待ちどう」


 女将がテーブルに置いたのは、パンと魚の入った湯気立つスープ。


「……本当に、食べてもいいのか?」

「もちろんさ! 母ちゃんの魚料理は絶品なのさ!」

「遠慮しないで、ね?」

「……あ、ああ」


 おずおずと木のスプーンを取ったティノは、一口すすって目を見開いた。


「……おいしい」


 次の瞬間、スプーンが止まらなくなる。


 夢中で食べ進めるティノを見て、ルーナは頬を緩めた。


「よっぽどお腹が空いていたのね」

「……オレの顔に、何かついてるのか?」

「ううん。ただ――嬉しそうに食べてる姿が、見ててほっとするの」

「……悪いかよ」


 照れくさそうに顔をそむけるティノに、ルーナはパンをちぎって差し出した。


「これ、あげるわ」

「……いいのか?」

「ええ。スープだけじゃ足りないでしょ?」

「……ありがとう、ルーナさん」


 控えめにパンを受け取るティノに、エルザも元気よく自分のパンを差し出す。


「それならあたしのもあげるのさ!」

「……いや、それ以上は……」

「遠慮することなんてないのさ! 少年たるもの、一杯食べてこそ大きくなるのさ!」

「……あ、ああ」


「――まるで小動物への餌付けですね」


 ナミが小さく笑い、ルーナとエルザは顔を見合わせて苦笑した。


 食事を終えたティノは、満ち足りたようにお腹をさすった。


「……本当に良かったのか?」

「気にしないでって言ったでしょ? 困ったときはお互い様よ。――そろそろ家族のもとへ帰らなきゃでしょ?」


 その言葉に、ティノの表情が陰った。


「……家族なんて、いない。父さんも母さんも妹も……みんな死んだ」

「……そうなの……ごめんなさい」

「ルーナさんが謝ることじゃない。ただ、帰る場所がないだけだ」


 うつむくティノに、ルーナは何も言えず唇を噛む。


「それなら――ウチで暮らすといいのさ!」


 沈黙を破ったのは、エルザの元気な声だった。


「えっ!? ……でも、オレお金ない」

「それなら住み込みで働けばいいのさ! ウチも人手が足りてないし!」


 胸を叩いて笑うエルザに、ティノは困惑しながらも目を丸くした。


「でもオレ、獣人だし……迷惑じゃ」

「それなら気にすることないさ! 母ちゃんにはあたしが言っておく!」

「……エルザさん、ありがとう」


 そう言って小さく頭を下げたティノの頬には、わずかに安堵の色が差していた。


 その様子を見たルーナは、そっと胸の前で手を組む。


(この子が少しでも、安心して笑えますように……)



 それから数日、ティノは宿屋〈マグロ一本釣り亭〉で一生懸命に働いていた。

 フード付きの衣服で獣耳と尻尾を隠しながら、掃除に洗濯、厨房の手伝いまで――その働きぶりは見事なものだった。


「ティノって言ったね。あんたの働きには感謝してるよ」

「はい! こちらこそ、オレなんかを住まわせてくれて……どうお返ししたらいいか」


 指をもじもじと突き合わせるティノの華奢な肩を、女将はぽんと抱き寄せた。


「そんなこと考えなくていいのさ。むしろ最初は変な目で見てたことを、あたしが謝らなきゃね。――今じゃ、あんたも〈マグロ一本釣り亭〉の立派な家族さ」

「女将さん……!」


 その光景を、ルーナとエルザは食堂の隅から見守っていた。


「どうやら彼も、この宿に溶け込めたみたいね」

「当然さ! なにせウチはポルタで一番あったかい宿屋だからな!」


 そんな会話をしていると、小さな獣耳をピクピク動かしたティノがこちらを振り向いた。


「ルーナさんにエルザさん……見てたの?」

「ふふっ、黙っててごめんなさい。でも、ここに馴染めたみたいで安心したの」

「……ルーナさんとエルザさんのおかげだよ。オレなんかを助けてくれて……ありがとう」


 上目遣いで頬を赤らめるティノ。

 その仕草に、ルーナの胸がじんわりと温まった。

 思わず彼を抱きしめる。


「る、ルーナさん!?」

「しばらくこうさせて。……なんだか、放っておけないの」

「ルーナさん……」


 ティノは頬を緩め、静かに目を閉じた。


 ――その様子を、窓の外からじーっと見ている影が一つ。


『むぅ……最近ルーナはティノに構ってばっかり』


 頬をぷくっと膨らませたアルスの姿に、ルーナはハッとして駆け寄る。


「ごめんなさい、アルス。あなたを蔑ろにしたつもりはないの。ただ……彼が心配だっただけ」

『……分かってる。分かってるけど……』


 言葉とは裏腹に、アルスの顔はふてくされモード。

 ルーナは苦笑して、そっと頭を撫でた。


「お詫びに、このポルタでいっちばん美味しいお魚をご馳走するから、ね?」

『お魚!? 食べる!』


 途端に機嫌を直して尾びれをバタバタさせるアルス。

 その様子に、ルーナは思わず笑みをこぼす。


「……ルーナさん」


 ティノがそっと声をかけた。


「なぁに、ティノくん?」

「そいつって……セレーネブルーにしかいない海獣だろ?」


 その一言に、ルーナの表情が一変する。


「ティノくん、セレーネブルーを知ってるの!?」

「――それホントか!?」


 興奮気味のエルザも加わり、ティノは少女二人に囲まれてタジタジになる。


「あ、ああ……。父さんがよく語ってたんだ。このペンダントが輝く方角に、楽園セレーネブルーがあるって」


 そう言ってティノが懐から取り出したのは、ルーナが持っているものと同じ――光貝のペンダントだった。


 それは、彼らの運命がひとつに交わり始める合図のようでもあった。

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