カワウソ族の少年
翌日、ルーナたちは再び造船所へ足を運んでいた。
先日、ザップドスから得た情報をもとに船を造ってもらうためである。
この日も造船所では職人たちがせわしなく働いており、ルーナたちの姿に最初は誰も気づかない。
そんな中、エルザが声を張り上げた。
「すみませーん! 船を造ってもらいに来たのさー!」
「またおまえか! 何度も言ったろ、セレーネブルーとかいう幻の海域への船は造れねぇって!」
呆れ気味に返す職人に、エルザはニシシと勝ち気な笑みを浮かべる。
「それがな、今回は違うのさ! ――ザップドス様から重要な情報を手に入れた!」
「これがその証拠よ!」
ルーナがそう言って、ザップドスの言葉をもとに作成した海図と光貝を取り出す。
「これは……」
「――おい、それを見せてみろ」
低く響いた声に振り向くと、そこには筋骨隆々の男が立っていた。
どうやら造船所のリーダーらしい。
男は海図と光貝を手に取り、しばし黙って考え込む。
その鋭い眼光がわずかに輝いた。
「ふむ……。ザップドス様の名が出るとはな。あの御方が嘘をつくとも思えねぇ」
「じゃ、じゃあ――!」
「よし、これなら船を造ることはできる」
「「やったーっ!!」」
リーダーの言葉に、ルーナとエルザが勢いよく飛び上がってハイタッチする。
しかし、男は軽く咳払いをして言葉を続けた。
「――だがいいのか? セレーネブルーじゃなくても、三人と一匹で航海に出るなんて無謀だぞ」
「えっ……?」
ルーナが首をかしげると、男は淡々と説明した。
「海図があっても、船を出すには人手がいる。舵取り、見張り、荷の積み下ろし……三人とそのシャチじゃ、とても回らねぇさ」
「そんな……!」
せっかく船の目処が立ったのに、また新たな問題が浮上し、ルーナは肩を落とす。
だが、エルザは諦めず拳を突き上げた。
「それなら、人手をもう一人探せばいいのさ!」
「……当てはあるのですか、エルザ様?」
ナミが眉を上げると、エルザはいつもの調子で胸を張る。
「この町の漁師に片っ端から声をかけるのさ! 一人くらいは応えてくれる、はず!」
「……やはりそう仰ると思いましたよ」
肩をすくめながらも、ナミの表情にはどこか呆れと期待が入り混じっていた。
そんな二人を見て、ルーナは力強く頷いた。
「でも、やるならそれしかないわ。――すぐにでも動きましょう!」
「おお、分かってくれるか同志よ!」
「もちろんよ、エルザ! だって、わたしたちは同じ夢を追う盟友だもの!」
「盟友……いい響きなのさ!」
ルーナとエルザが力強く握手を交わし、決意を新たにする。
――しかしその後、港の漁師に声をかけて回ったものの、誰一人として応えてくれる者はいなかった。
「やっぱり……そう簡単にはいかないのね」
「でも、あたしは諦めないのさ! きっと、きっと誰かがいるはず!」
夕日が港を赤く染めるなか、エルザの声が波間に響く。
そのすぐそばの波打ち際――水面の下から、琥珀色の瞳がじっと彼女たちを見つめていた。
ふと、アルスのお腹から重低音が鳴り響く。
『おなかすいた~』
「今日もお疲れ様、アルス。そろそろ晩ごはんにしましょ」
『わーい!』
「それでは魚を取り出しますね――コネクト」
ナミが接続魔法で魚の入ったバケツを取り出し、ルーナに手渡した――その瞬間。
波打ち際の水面から、影が跳ね上がった。
「きゃっ!?」
バケツが掠め取られ、ルーナは尻餅をつく。
ナミが慌てて駆け寄る。
「ご無事ですか、お嬢様!?」
「ええ、平気よ……でも魚が!」
視線の先では、濡れた尻尾を引きずる少年が、バケツを抱えて浜辺を駆けていた。
『キュイ~!(お魚返せ~!)』
「ちょっと、アルス!?」
アルスが突進。少年は見事に弾き飛ばされ、バケツが宙を舞う。
『お魚取り返した!』
空中キャッチを決めるアルスをよそに、ルーナは突き飛ばされた少年へ駆け寄った。
「大丈夫? ――あら……」
濡れた髪を揺らし、琥珀色の瞳を見開く、ルーナよりも年下に見える少年。
小さな丸い耳がピクピクと動き、尻からは長い尻尾。
「カワウソ……?」
前世で勤めていた水族館で見た愛らしい姿が脳裏をよぎる。
「もしかして獣人か?」
「獣人って、獣の特徴を備えた人のことよね」
エルザとルーナが顔を見合わせると、少年はむっと眉を寄せた。
「……なに? オレの顔になんかついてるのか?」
「違うの! 怪我はない?」
「……うん。平気」
『――ルーナ、なんでそいつの心配してんの?』
ジト目のアルスを見た少年が、ビクッと後ずさる。
「わ、わっ! なんだこいつ!?」
「この子はアルス。シャチなの」
「シャチ……」
ナミが一歩前に出て観察する。
「やはりカワウソ族のようですね」
「やっぱり!」
ルーナの瞳が興味に輝く。
「……お嬢様?」
「いえ、なんでもないわ。それより――あなた、何か言うことがあるんじゃないかしら?」
「……魚取ってごめんなさい」
うつむいて謝るカワウソ族の少年、そのお腹がきゅるると鳴る。
「……腹、減ってるのか?」
「……悪い?」
エルザの問いで顔を赤らめて目を伏せる少年。
その仕草に、ルーナの胸がきゅんと鳴った。
「ちょっと宿まで来てくれる? ご馳走してあげる」
「……いいの?」
「うっ、可愛い……」
上目遣いな少年に、ルーナの胸がときめきつつも背筋を伸ばす。
「ええ。困っていたら助け合うのが一番でしょ」
「……ありがとう」
少年は小さく笑った。
「カワウソ族のあなた、お名前は?」
「ティノ。見ての通りカワウソ族だよ」
「ティノくんね! わたしはルーナ」
「ルーナさん……」
見つめ合うルーナとティノに、エルザも割り込む。
「あたしはエルザ! よろしくなのさ!」
「わたくしはナミ、ルーナお嬢様の専属メイドです」
ナミも丁寧に自己紹介したところで、アルスが口を尖らせた。
『ぼくのお魚だったのに~……』
「あとでアルスにも美味しいのあげるから」
『……ほんと?』
「もちろん!」
そうしてルーナたちは、カワウソ族のティノを連れて宿へと戻っていった。




