探検少女エルザ
「探検……少女?」
ぽかんとした顔で瞬きをするルーナに、金髪の少女は胸を張って答えた。
「そう! 探検、それは――まだ見ぬものを追い求めて北から南、東へ西へ、どこまでも行くロマンなのさ!」
「ロマン……なんかすごそう……!」
あまりに眩しいテンションに、ルーナはつい見入ってしまう。
対してナミは、すっと冷ややかな視線を送った。
「――それで、我々の会話を盗み聞きしていたのも探検の一環ですか?」
「おっと、怒らないでくれたまえ! 聞こえてしまったんだ、セレーネブルーって言葉が!」
そう言って、エルザは大げさな仕草で指を鳴らした。
「まさか、おまえたち……セレーネブルーに行きたいのか?」
「そうよ、あなた知ってるの!?」
「もちろん! なんたって――あたしのおじいちゃんこそが、伝説だったセレーネブルーの発見者なんだから!」
その言葉に三人が息をのむ。
エルザは得意げに背負っていたリュックをゴソゴソとあさり、一冊の古びた本を取り出した。
「これが証拠さ!」
「えっ、それ……!」
ルーナの瞳が見開かれる。
「その本、わたしも持ってるわ! この本の絵を見てセレーネブルーを探そうって決めたの!」
「なんと……同志だったのか!」
二人は同時に自分の本を掲げ、思わず笑い合う。
「それ、あたしのおじいちゃんが書いた冒険記なんだ。だけど誰も信じちゃくれなくてね……」
エルザは肩を落とし、寂しげに笑う。
「おじいちゃんは作り話だって笑われて、ずっと悔しそうにしてた」
「そんなことが……」
ルーナの胸に、共鳴するような痛みが走る。
夢を信じた誰かが笑われる――それは、かつて自分も味わったものだった。
「だからね、あたしは証明したいんだ」
エルザの瞳が、再び強い光を取り戻す。
「セレーネブルーは本当にあるって! おじいちゃんの冒険は、ただの夢じゃなかったって!」
その情熱に打たれて、ルーナは立ち上がった。
「……エルザ、分かったわ。一緒に行きましょう。セレーネブルーを見つけ出すの!」
「おお、同志よ!」
二人は勢いよく握手を交わした。
ナミはその様子を見て、深々とため息をつく。
「――しかし、現実的な問題が残っています。船がないのですよ。どうやって行くおつもりで?」
「そこなんだよなぁ……」
エルザは頬をぽりぽり掻きながら苦笑した。
「セレーネブルーは海のど真ん中。船がなきゃ行きようがないのさ……」
その時だった。
「キュイッ!」
アルスが胸びれを上げて、誇らしげに鳴いた。
『海なら、ぼくが連れていけるよ!』
エルザは一瞬ぽかんとした後、ハッとしたように目を輝かせる。
「そ、それは……! まさか君、シャチなのか!?」
「ええ、シャチよ。わたしの相棒であり、命の恩人でもあるの」
「それに加えてアルス様は国王陛下より守護獣の称号も得ています」
「おお、なんという奇跡! おじいちゃんの冒険記にも出てきた海獣とそっくりなのさ! 確か名前も――」
「シャチってちゃんと書いてあったわ! あの絵を見て、わたしたちはここに来たの!」
「なるほど、全部が繋がっていたのか!」
エルザは拳を打ち合わせる。
「シャチは広い海を一日でとてつもなく長い距離を泳ぐって書いてあった! その遊泳力があれば、セレーネブルーにだって――!」
早口でまくしたてるエルザに、ルーナとアルスは顔を見合わせた。
「なんだか……勢いがすごいわね」
『ぼく、なんかワクワクしてきた!』
そんな二人の視線を受けながら、エルザは勢いよく両手を突き上げた。
「そうと決まれば、早速行動開始なのさ!」
「ちょっ、まっ――エルザ!? もう少し話を――!」
ルーナが止める間もなく、エルザは全力で駆け出していく。
「行くのさー! 新しい冒険へーっ!」
「ま、待ちなさーい!」
ルーナが慌ててその背を追いかけ、アルスも慌てて後を追う。
『ルーナー! ぼくもいくー!』
残されたナミは、ゆっくりと額に手を当てて嘆息した。
「……やはり、お嬢様の旅はいつも賑やかですね」
そんな呆れ半分の声を背に、港町ポルタの通りに三人の笑い声が響き渡った。
走っていたエルザが、ふいに立ち止まってくるりと振り向いた。
「そういえば、おまえたちの名前を聞いていなかったのさ!」
「言われてみれば確かに、まだ名乗ってなかったわね」
ルーナは息を整え、胸に手を添えて微笑んだ。
「――わたしはルーナ。ルーナ・ダックリバーよ」
「ルーナ・ダックリバー……? どこかで聞いたことある気が……」
あごに手を当てて考え込むエルザに、後から追いついたナミが涼やかに補足する。
「――ダックリバー湾岸領を治める、ダックリバー公爵家の第三公女及び蒼水の盾の名誉騎士でもございます」
「なっ……なんとっ!?」
エルザの目が丸くなる。
「ダックリバー湾岸っていえば、ここから遠く西のはず……そんなところから来ていたなんて!」
「ちなみに、わたくしはナミ。ルーナお嬢様の専属メイドにございます。どうぞお見知りおきを」
優雅にスカートの裾を摘まみ、恭しく一礼するナミ。
エルザは口をパクパクさせたまま固まった。
「ほ、本当にお嬢様だったのさ……! しかも名誉騎士だったなんて……!」
「で、こっちのシャチはアルスよ!」
「キュイ~!(よろしく~!)」
ルーナの紹介を受け、アルスは胸びれをぶんぶん振って挨拶した。
その仕草に、エルザは目を輝かせて顔をぐいっと近づける。
「ふむふむ、これがおじいちゃんの書いてた伝説の海獣シャチか……。イラストよりずっと――美しくて、かわいいのさ!」
「キュイッ!(ぼくはかわいいんだ!)」
アルスが嬉しそうに噴気孔を鳴らして、エルザの頬に身体をすり寄せる。
「あははっ、くすぐったいのさ~!」
そのやり取りを見守っていたルーナが、くすっと笑みをこぼした。
「うふふ、アルスもずいぶんエルザに懐いているのね」
「そりゃそうさ! あたしとアルスはもう運命共同体――いや、冒険の同志なのさ!」
大げさに胸を張るエルザに、ルーナとナミは顔を見合わせて笑い合う。
「やれやれ、元気な方が仲間になりましたね」
「いいじゃない。賑やかな旅の方がきっと楽しいわ」
「よーっし! セレーネブルー探検隊、ここに結成なのさ!」
「おー!」
「キュイ!」
柔らかな潮風が吹き抜ける。
陽光の中で三人と一頭の笑顔が重なった。
――こうして、ルーナたちの新しい航海が静かに幕を開けた。
その先に待つのは、果てなき蒼の海と、まだ見ぬ伝説の世界。




