ポルタの魚
みんなが意気込んだところで、アルスの白いお腹から重低音が響いた。
『おなかすいた~!』
「アルスってばもう……。――ナミ、魚をお願い」
「かしこまりました。――コネクト」
ナミが接続魔法を唱えると、湖鱒でいっぱいのバケツがぽんっと現れる。
「もしかしてアルスは魚を食べるのか?」
「ええ、そうよエルザ。毎日たくさん食べるから大変なのよ……」
肩をすくめるルーナの前で、アルスは嬉々として大きな口を開ける。
バケツの湖鱒が一気に流し込まれ――
『ごっくん!』
市場中に響くほどの勢いだった。
「すごい食べっぷりなのさ! ……そうだ、魚だったらあたしがいいのを知ってるのさ!」
「キュイ(そうなの)!?」
目を輝かせるアルスに、エルザは自信満々に胸を張った。
「ポルタの魚は世界一なのさ! ついてくるのさ!」
「キュイ~(わ~い)!」
「ちょっと、待ちなさ~い!」
「まったく……お嬢様もお待ちを!」
エルザの後を追いかけるように、ルーナとナミも駆け出した。
やがてたどり着いたのは、港町ポルタの誇る活気あふれる魚市場だった。
潮と魚の匂いが立ち込め、声を張り上げる漁師たちの掛け声が飛び交う。
新鮮な魚が所狭しと並び、まるで海そのものが並んでいるかのようだ。
「これがポルタの魚市場なのね……!」
「見事ですね。どの魚も鮮度が違います」
「はっはっは! だろだろ~!?」
誇らしげに笑うエルザをよそに、アルスはじゅるりと喉を鳴らす。
『おいしそうなお魚、いっぱい……ごくり』
「――盗み食いしちゃダメだからね?」
『分かってるよ、ルーナ。ぼくはいいこだからねっ!』
「うふふ、そうね」
魚市場の人々はそんなアルスの姿に目を丸くしていた。
それもそのはず、空を泳ぐ白黒の巨体など誰も見たことがないのだ。
おまけに名誉騎士と守護獣のコンビであることも既に知れ渡っており、ルーナ共々注目の的である。
「……やっぱりここでも目立つわね。早く魚を選ばないと。でもこんなにあると目移りするわ」
「迷ったらあそこがいいのさ!」
エルザに手を引かれたルーナは、ひとりの老人のもとへ連れて行かれた。
「じーちゃん!」
「おう、エルザちゃんかい!」
「顔馴染みなの?」
「そうさ! この人はアービンじーちゃん、ポルタ一の凄腕漁師なのさ!」
エルザの紹介でルーナがスカートを摘まみ礼をすると、アービンは白い髭を撫でながら笑った。
「凄腕とはよう言うたな。だが魚が旨いのは確かじゃ」
並べられた魚の中には、銀色に光る丸々と太ったニシンの列。
「こんなに立派なニシンは初めて見たわ!」
「じゃろ? この海は豊かでのう。――ところで、嬢ちゃんらはエルザちゃんの友達か?」
「ええ。わたしはルーナ、こちらはシャチのアルスよ」
「キュイ(お魚ちょうだい)!」
「もう、第一声がそれぇ!?」
アルスの愛嬌に場が和む。アービンは興味深そうに目を細めた。
「はて、シャチとな……。どこかで聞いたような」
「それ、多分あたしのおじいちゃんが言ってたのさ! セレーネブルーの伝説に出てくるって!」
「ほっほ、またその話か。お前さんのじいさんも、夢追い人じゃったのう」
「夢じゃないのさ! 現にここにシャチがいるのさ!」
エルザの必死な訴えにアービンが笑い、ルーナはつい微笑む。
「それにルーナといったかの、確か最近そんな名前の名誉騎士の噂を小耳にはさんだが……」
「そう! 紛れもなくルーナがその名誉騎士なのさ! おまけにアルスも守護獣なんだぞ!」
「そんな風に紹介されたら照れるわ」
エルザに大層な紹介をされて、ルーナは照れてしまった。
「ほう、蒼水の盾の名誉騎士様がこんな辺鄙な港町に……ありがたい限りじゃ」
嬉しそうにあごを撫でるアービン。
その間もアルスはお腹を押さえてソワソワしていた。
「待たせてごめんね、アルス。――アービンさん、このニシン、全部ください!」
「あいよっ、毎度あり!」
ルーナが金貨を差し出すと、アービンはうれしそうに頷いて魚を包んでくれる。
「お待たせ、アルス。ニシンよ!」
『たべる~!』
アルスが束ごと一飲みにすると、アービンは目を丸くしながらも豪快に笑った。
「はっはっは! わしの魚をそんなに旨そうに食うとは、気持ちのええシャチじゃ! さすがは守護獣!」
「ありがとうございます、アービンさん!」
「よし、名誉騎士様には残りの魚もおまけしてやる!」
「ほんと!? ありがとう!」
市場を出たあと、ルーナたちは潮風に当たりながら歩いた。
アルスは満足げにお腹を揺らして浮かんでいる。
『お魚おいしかったな~!』
「よかったわね、アルス」
「それで、これからどうするのさ? 船でも作る?」
「それもいいけど……今は少し休みたいわ」
「それならウチに来るといいのさ!」
「え、いいの?」
「もちろんさ! ウチは宿屋をやってるのさ!」
「それは初耳ですね」
「よーっし、決まり! レッツゴーなのさ!」
エルザが案内したのは、大きなマグロの看板が掲げられた建物だった。
「ここが、エルザのおうち?」
「そうさ! マグロ一本釣り亭、それがウチなのさ!」
「大胆な名前ね……でも嫌いじゃないわ」
『マグロっておいしいの?』
「きっとアルスの好みだと思うわ」
『やったー!』
アルスを外で待たせ、ルーナたちは中へ入る。
「いらっしゃい! ……おや、エルザが連れてきたのかい?」
「かーちゃん! そうさ、こいつらは同志のルーナとアルス、ナミさんなのさ!」
「ナミです。お世話になります」
エルザの母親である女将が目を丸くした。
「おや、あなたたちってまさか……」
「蒼水の盾の名誉騎士にございます」
恭しくお辞儀しながらのナミの紹介で、女将は豪快に笑う。
「名誉騎士様がよく来たねえ! 娘の友達になってくれたのなら大歓迎さ!」
「ありがとうございます!」
――こうして、ルーナたちは港町ポルタにしばし腰を落ち着けることになったのだった。




