港町ポルタ
南へ向けて平原を進むこと二日。
潮風の香りが鼻先をかすめた頃、ルーナたちはついに海辺の町へとたどり着いた。
「失礼、巨獣が町に……えっ、守護獣様!? し、失礼いたしました!」
町の見張りに一瞬止められるも、王都での活躍のおかげでこの通りである。
「あ、あの……普通に入ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんでございます、名誉騎士殿!」
そんな少しドタバタとしたやり取りがありながらも、ルーナは町に入って潮風をその身に浴びた。
「ここが――港町ポルタね! なんだか、ダックリバー湾岸にも少し似てるかも」
白い壁の家々が整然と並び、漁師たちの威勢のいい掛け声が行き交う。
カモメの鳴き声と魚市場の喧騒が混ざり合い、活気に満ちた港の空気が広がっていた。
アルスの背から降りたルーナは、新しくも懐かしい風景に胸をときめかせる。
「同じ港町ですからね」
ナミが静かに補足すると、ルーナは胸の前で両手を組んだ。
「ダックリバー湾岸……今どうなってるのかしら」
「故郷が恋しくなられたのですか?」
「少し、ね。でも、わたしたちは止まらないわ。アルスと――広い世界を見ていこうって決めたんだもの! ね、アルス!」
呼びかけに応えるように、アルスはにっこりと笑みを浮かべた。
『うん! ぼく、ルーナとずーっといっしょ!』
「あははっ、くすぐったいわアルス~」
アルスに口づけされてルーナが頬を赤らめると、ナミが涼やかな声で告げる。
「それでは早速、セレーネブルーへ向かう船を探しましょう」
「そうね……でも、どこで聞けばいいのかしら?」
「それなら、いつものあちらがよいのでは?」
ナミが指差した先には、港の中心に建つ石造りのギルド――〈ハンターギルド〉の看板が掲げられていた。
「さすがナミ、頼りになるわ」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
一方で、アルスはぷくっと頬を膨らませる。
『むー、ぼくはぁ?』
「もちろんアルスも頼りにしてるわ。でも、こういうことはナミのほうが得意でしょ?」
『それも……そうだね』
機嫌を直したアルスをなだめつつ、三人はギルドの重い扉を押し開けた。
中はまるで酒場のようなざわめきだった。
昼間だというのに、木製のテーブルではハンターたちが酒瓶をぶつけ合い、笑い声が響きわたっている。
樽の匂いと潮風が混ざり、空気そのものが酔っているようだ。
「ううっ……お酒臭い……」
「お嬢様はお酒の香りに慣れていませんものね」
ナミの腕に支えられながら進むルーナを、アルスが心配そうに見つめる。
『大丈夫? ルーナ』
「ええ、このくらい平気よ。ありがとう、アルス」
周囲では、そんな彼女たちにざわめく声が上がっていた。
「おい見ろよ、あれが噂の空飛ぶシャチと少女の一座じゃねぇか?」
「あんなデケェの、見たことねぇ!」
「最近、王都で黒牙商会を潰してレッドドレイクを倒したって話もあるぜ!?」
「しかも国王から直々に蒼水の盾の名誉騎士と守護獣の称号をもらったって噂だぞ」
「マジかよ……!」
ざわつくハンターたちをよそに、ナミは涼しい顔で言う。
「――どうやら、我々の名もすっかり広まっているようですね」
「かもね、あはは……」
『ぼくたち、有名人!』
誇らしげに身体を揺らすアルスを横目に、ルーナは苦笑する。
そして受付にたどり着くと、セーラー服をベースにした制服の受付嬢が笑顔で迎えた。
「いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用件で?」
「あのっ、セレーネブルーへ向かう船を探していて……」
「あ……失礼いたしました、蒼水の盾の名誉騎士殿」
ルーナがギルド証を見せると、ほんの僅かに姿勢を正した受付嬢の表情がわずかに曇る。
「申し訳ありません……名誉騎士殿のお求めであっても、船は出せません。なにせ、海域そのものが確認されていないのです」
「そ、そんな……!」
ショックを受けたルーナは、真っ白になった顔でその場に固まってしまった。
何の収穫も得られず、目的地そのものまで否定されたルーナは、とぼとぼとギルドを後にする。
「気の毒でしたね、お嬢様」
『落ち込まないで、ルーナ』
ナミとアルスの優しい声も、今は慰めにならない。
だが、ルーナは手にしていた古びた本をぎゅっと胸に抱いた。
「セレーネブルーが存在しないなんて、ありえないわ! だって、この本には確かにそう書いてあるんだもの!!」
「しかし、お嬢様。それはおとぎ話である可能性も――」
「いいえ、諦めない! 他にも聞き込みをしてみましょう!」
それからルーナは通りすがりの商人、港の老人、漁師たちまで手当たり次第に話しかけた。
けれど、返ってくるのはどれも同じ答え。
「セレーネブルー? そんなもん、誰も見たことねぇさ」
「夢物語さね」
「……やっぱり、ないのかな……?」
『ルーナ……』
肩を落とすルーナに、アルスはそっと頭を寄せた。
それでも彼女の瞳には、悔しさと涙が滲んでいた。
「ごめんね、アルス……。せっかく、この世界でたった一頭のシャチだったあなたに、仲間を会わせてあげられると思ったのに……!」
その涙を、アルスがペロッと舌でぬぐう。
『気にしないで、ルーナ。たとえ他にシャチがいなくても、ぼくにはルーナがいるから。ぜんぜん寂しくなんてないよ』
「アルス……!」
胸が締め付けられるような優しさに、ルーナは思わずアルスの顔に抱きついた。
「アルス、大好きよ!」
『ぼくもルーナが大好き!』
その微笑ましい光景に目を細めていたナミだったが、ふと建物の影に視線を向ける。
「――そこのあなた。さっきから盗み聞きとは、感心しませんね」
「盗み聞き?」
ルーナがきょとんと目を瞬かせると、影の中から何かがぴくりと動いた。
やがて、金属のバックルが朝の光を反射する。
そして――軽やかな声が響いた。
「あはは、バレちゃってたか~」
現れたのは、砂色のチョッキにネイビーのホットパンツ、羽根付きの革帽子をかぶった金髪の少女。
背には地図とスコップが差してあり、まさに探検家そのものだ。
彼女は腰に手を当てて、堂々とポーズを決めた。
「何を隠そう――探検少女エルザとは、このあたしのことさっ!」
その元気いっぱいな登場に、ルーナは思わず目を丸くした。




