絆の合体技
「グゥワアアアア!!」
恐ろしい咆哮を轟かせるレッドドレイクに怯むことなく、ルーナはアルスと共に駆ける。
「わたしが突破口を開くわ、アルス!」
『オーケー!』
ルーナはアルスと目配せをしてから、それぞれ二手に分かれる。
「――アクア・バレット!」
事前に本で学んだ呪文を唱えたルーナが、右側から水の弾丸をレッドドレイク目掛けて乱射する。
「ゴオオオオオオ!!」
レッドドレイクがルーナの方を向き、火炎の息で水の弾丸が瞬時に相殺されるも、ルーナの表情はもう乱れない。
「今よ、アルス! ――ウェーブ・タックル!」
『いっけえええええ!!』
がら空きになった背後から、アルスが飛び出して荒波のごとき水をまとって突撃した。
「グゴオオオ!?」
思わぬ奇襲にレッドドレイクは、たまらずうつ伏せに地面へ叩きつけられる。
「今度はとっておきのこれよ! ――アクア・キャノン!!」
続けざまにルーナが呪文を唱えると、手から鉄砲水が放たれて、レッドドレイクの巨体を押し流して瓦礫にぶち当てた。
「グゴルルルル……!」
絶え間ない二人の波状攻撃に、レッドドレイクは明らかに疲弊している。
そのレッドドレイクが一気に勝負を決めようと巨大な翼で空へと舞い上がり、口内に火炎の赤い光を煌めかせた。
そんな中、ルーナは一瞬、深く息を吸った。
そして――アルスを見上げ、静かだが確かな声で告げる。
「アルス……一度だけ、聞いて」
『ルーナ?』
その呼びかけに、アルスが不安そうに首を傾げる。
ルーナは恐怖を振り払うように、拳をぎゅっと握った。
「――もう一度、あの技をやりましょう」 『……え?』
一瞬、時間が止まったように感じられた。
ルーナの言葉を受けた瞬間、
アルスの瞳がわずかに揺れた。
『……ルーナ』
その声は、ほんの少し低く、震えている。
脳裏をよぎるのは――前世。
勢いを誤り、制御を失い、彼女を危険に晒してしまった、あの瞬間。
『……ダメだ』
思わず、そう口にしかけていた。
『もし……もしまた失敗したら……今度こそ、ルーナを――』
言葉の先が、喉で詰まる。
巨大な身体を持つ海獣でありながら、その心はかつての「守れなかった自分」に縛られていた。
だが――ルーナは目を逸らさなかった。
一歩、踏み出す。
「アルス」
その声は、強くもなく、怒りもなく、ただ揺るぎない意志だけを宿していた。
「それでも、やるわ」
短く、はっきりと。
「怖いのは、あなただけじゃない。でも……だからこそ、今度は一緒に飛びたいの」
ルーナはアルスの額にそっと手を置く。
「これは、あなたに任せる技じゃない。わたしが選んだ飛び方よ」
一瞬の沈黙。
アルスはゆっくりと目を閉じた。
そして――深く息を吹き、再び目を開く。
『……わかった』
その声には、もう迷いはなかった。
『ルーナが決めたなら……ぼくは、もう逃げない』
尾が大きく打ち鳴らされる。
『今度こそ――ぜったいに、守る。そして……一緒に、成功させる』
ルーナは微笑み、空を見上げる。
「ええ。失敗した過去も、恐怖も、全部抱えたまま――わたしたちは、飛ぶのよ。わたしたちの絆を、今度こそ本物だって――見せてあげましょう!!」
二人の呼吸が重なると同時に、アルスの身体から水流が噴き上がる。
彼の背に乗ったルーナの魔力がそれに呼応し、青白い光が渦を巻いた。
「――アクア・スパイラル!!」
炎の大地に、水の渦が逆巻いた。
アルスはその中心に潜り込み、尾びれで水流を巻き上げながら加速していく。
空気を裂く轟音とともに、青い螺旋が夜空へと駆け上がった。
『いっけええええええええっ!!』
「オルカロケット――スパイラルインパクト!!」
炎と水が交錯する一瞬、二人の魂が完全に重なった。
レッドドレイクの吹き出す火炎をかき分けるようにアルスは天へ突き上がり、螺旋の光をまとってレッドドレイクの胸部へ突撃する。
「グゥオオオオオオオオ!!」
轟音と共に爆炎が巻き上がり、赤と青の閃光が夜を裂く。
炎の巨竜が咆哮を上げるも、その声は蒸気と共にかき消された。
そして次の瞬間――レッドドレイクを貫いたアルスは天高く跳び上がり、その勢いのまま宙に舞い上がったルーナの詠唱が響き渡る。
「終わりよ……! ――アクア・リザレクション!!」
アルスの尾びれが空を切り裂き、水の光が破裂する。
無数の粒子が空中に散り、まるで夜空に咲いた青い花のようだった。
その花はやがて雨となり、王都全体に降り注ぐ。
焦げた瓦礫に、傷ついた人々に、あらゆる炎を鎮める生命の水。
「見て、アルス……みんなの町が、戻っていく……」
『ルーナ……きれいだね……』
蒸気の向こうに、レッドドレイクが静かに崩れ落ちていく。
炎の瞳に宿っていた怒りが、最後には穏やかな光へと変わった。
二人は抱き合いながらゆっくりと降下しながら、互いに顔を見合わせて微笑む。
「今度は……成功したわね」
『うん! 今度は、ちゃんと飛べた!』
雨が静かに降り注ぐ中、ルーナはそっとアルスの背を撫でながら、瞳を細めた。
「ありがとう、アルス。あなたと出会えて、本当によかった」
『ぼくもだよ、ルーナ……!』
その瞬間、王都を包む夜霧の向こうで、一筋の朝日が、静かに顔を出した。
「終わった……のね」
『うん、ぼくたちやったんだ!』
焼け跡の残る大地に寝そべりながら、ルーナはアルスと顔を見合わせた。
互いにすすけた頬を見て、ふっと笑みがこぼれる。
そこへ駆けつけてきたのは、メイドのナミと、仲間のニッケ、ベルの三人だった。
「お嬢様、ご無事ですか!?」
「ええ……でも、少し力を使いすぎたみたい。もう一歩も動けないわ」
力なく笑うルーナを見て、ナミはようやく肩の力を抜いた。
「全く……お嬢様はいつも無茶をなさいます」
続いてニッケとベルも駆け寄る。
「ウチらも見ましたよ! あの合体技、すっごかったです!!」
「うん! きらきらしてて、まるで空に花が咲いたみたいで……!」
「ふふ……ありがとう。そうだ、町のみんなは――?」
ルーナの問いに、ナミは静かに答える。
「暴れていた魔物はすべて鎮圧されました。町の方々も……ほとんど無事です」
「ほとんど、ね……」
ルーナの瞳に、影が落ちる。
その頬に、アルスがそっと口づけをした。
『気にしないで。ルーナは、ちゃんと守ったよ』
「アルス……そうね。わたしたち、できる限りのことはしたものね」
ルーナはナミに支えられながら、東の空を見上げた。
灰と煙の向こうから、淡い朝日が差し込んでくる。
「ほら……新しい朝よ」
『うん。ぼくらの、また次のはじまりだね』
ルーナはその言葉に静かに微笑み、アルスの背に手を添えた。
水面のような風が頬をなで、焦げた匂いの残る空気に、確かな希望が満ちていた。




