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紅き火炎と蒼き水の衝突

 王都を包む炎の風が、少女の銀髪ポニーテールを激しく揺らした。


 焦げた匂いと熱気が肌を刺し、遠くでは鐘と悲鳴が重なって木霊する。

 空は真紅に染まり、まるで世界そのものが燃え尽きようとしていた。


 ルーナは燃え盛る通りの中央に立ち、巨大な影をにらみつけた。


「……アルス、あれがレッドドレイクよ」

『うん。あいつ……熱い。すごく、怒ってる』


 赤熱した鱗が妬けた金属のように光り、吐息だけで空気が揺らぐ。

 レッドドレイクは、まるでこの世の全てを焼き払うかのように翼を広げ、火炎を喉奥で煮えたぎらせていた。


 ルーナは一歩前へ出る。

 その手に魔力が集まり、青白い光が指先を包む。


「アルス……行くわよ。あんな奴に、この王都は渡さない!」

『うん! ぼくも、もう誰も泣かせたくない!』


 二人の声が重なった瞬間、轟音が大地を震わせた。

 レッドドレイクの炎が夜空を裂き、ルーナの詠唱と共に周囲が水のベールに包まれる。


 赤熱した鱗が溶鉱炉のように脈動し、吐息のたびに地面が焦げ付く。

 対するルーナの魔力が蒼く発光し、空気の熱を押し返すように水の膜が広がった。

 炎と水、二つの呼吸が空気を奪い合う。


「アクア・ヴェール!」


 炎と水――相反する力が激突し、爆風が王都の屋根瓦を吹き飛ばした。

 

 その中で、少女とシャチはひとつの意思で並び立つ。


『ルーナ、全力で行こう!』

「ええ、わたしたちの力を見せてやるわ――!」


 水と炎が再び衝突し、戦いが幕を開けた。


 アルスの背にまたがったルーナは、すぐに指示を下す。


「アルス、ウェーブ・タックルよ!」

『オーケー! うおおおお!!』


 荒波の如き水をまとった巨体が地を裂く勢いで突進する。

 衝突の瞬間、爆ぜるような音と共に水飛沫が弾け、石畳が割れた。


「グルルウウ!?」


 アルスのスピードにレッドドレイクは対応できず、その突撃をまともに受ける。


 しかし倍以上もの体格差もあってか、レッドドレイクは面食らっただけで、その肉体はびくともしない。


「グゥワアアアア!!」


「一旦離脱よ、アルス!」

『分かった!』


 逆にレッドドレイクが鋭い牙を剥いて噛みつこうとしたので、ルーナはアルスをすぐに後ろへ退かせる。


「あれほどの体格差……まるで壁に突っ込んだみたいだわ」

『パワーがグリフォンと全然違うよ!?』

「肉弾戦は危険ね……! それならっ!」


 続けてルーナは、目の前で水球を生成して頭上に放り投げた。


「アルス、今度はスプラッシュ・ボンバーよ!」

『オーケー!』


 指示と同時にルーナが笛を短く吹くと、アルスがすぐにジャンプして、空中の水球をレッドドレイク目掛けて打ち落とす。


「グゥワアア!!」


 しかしレッドドレイクもすぐに反応して、口から火炎を吹いた。


 とてつもない熱気の火炎で水球は相殺されてしまい、周囲が蒸気に包まれる。


「今度は奴の頭にウェーブ・タックルよ!」

『分かった! うおおおお!!』


 白い蒸気の霧の中、金属音のようなアルスの鳴き声が響いた。

 視界を失っても、アルスの世界には音があった。

 彼はその音を辿り、雷鳴のようなタックルをドレイクの頭に叩き込む。


「キエエエエエン!?」


 この奇襲にはさすがのレッドドレイクも体勢を崩す。


「まだまだ畳み掛けるわよ!」

『オーケー!』


 それからルーナとアルスは、チャンスとばかりにレッドドレイクへとラッシュを畳み掛けた。


 四トンもの体重を乗せたタックルに、全推進力を担う強靭な尻尾での一撃。


 これらを全て頭に叩き込まれて、レッドドレイクはたちまちフラフラになる。


「いいわよアルス! これなら……!」


 ルーナが勝利を確信した、その時だった。

 レッドドレイクが翼を広げ、頭を上げて咆哮を轟かせたのである。


「グゥワアアアア!!」


 その瞬間、見えない壁にぶち当たったかのようにアルスが弾き飛ばされてしまった。

 咆哮――それは音ではなく衝撃そのものだった。

 空気が爆ぜ、鼓膜を突き破るような振動が全身を襲う。

 アルスの視界が白く弾け、体内の魔力が一瞬にして乱れた。


『うわあああ!?』

「きゃあああっ!!」


 アルスから振り落とされてしまい、地面に転げ落ちるルーナ。


「う、うう……っ!」


 地面を握りしめて立ち上がるルーナだが、アルスの様子がおかしいことに気付く。


「アルス、どうしたのアルス!?」

『ルーナ……もう無理だよ……!』


 一瞬、世界から音が消えた。

 炎の音も、風の音も。

 ただアルスの震える声だけが、耳に残った。

 ――その瞳には、確かに恐怖が宿っていた。


「グゥワアアアア!!」

『ひ――っ!?』


 再び雄叫びを上げるレッドドレイクに、アルスはたじろいで後退りしてしまう。


「一体どうしたの、アルス!? しっかりしなさい!!」

『ルーナ……!』


 こんな逃げ腰なアルスを、ルーナは見たことがなかった。


 どうやら先ほどの咆哮で、アルスは精神的なダメージを負ってしまったようである。


 ルーナが叱咤激励したその瞬間、レッドドレイクの喉奥が赤く光り、灼熱の息が吐き出された。


「アルス、避けて――!」


 しかし間に合わない。

 火炎の奔流が夜気を裂き、アルスを直撃した。


『あああああああ!!』


 轟音とともに炎が渦を巻き、白い腹が黒く焦げていく。


「アルス!!」


 焦げた匂いが立ち込め、ルーナの喉が焼けつくように痛んだ。


「わたしがアルスを助けないと……!」


 ルーナがレッドドレイクに手をかざすも、その華奢な足腰は震えていた。


「そんな、わたしまでこんな時に……!」


 恐怖が全身を縛る。それでも――立たなきゃ。

 あの子を、もう二度と失わないために。


 そんな彼女に、レッドドレイクの鋭くも冷酷な眼光が向けられる。


「グルルルル……!」


 レッドドレイクの喉奥が、再び赤熱した。


 アルスは動かない。

 そのツートンカラーの身体が、黒く焦げていくのを見ていることしかできなかった。


「……いや」


 手が震える。声も出ない。

 炎の轟きが遠のき、鼓動の音だけが耳に響いた。


(また……何も守れないの?)


 ふと、手の中に冷たい感触――懐の中で、あのガラス細工のシャチが淡く光を放った。


 その瞬間、遠い記憶の断片が胸をよぎる。

 水族館のプール。沈んでいく自分に、白と黒の影が差し伸べたあの光景。


 いつも、彼は助けてくれた。

 世界が変わっても、それだけは変わらなかった。


(あの日も……彼は、わたしを守ってくれた)

「アルス……! わたし、もう逃げない。今度は――わたしがあなたを守る番よ!!」


 決意の声に呼応するように、周囲の空気が揺れた。

 炎の赤を切り裂くように、水の粒子が宙へと舞い上がる。

 ひとつひとつが星のように瞬き、蒸気の中で青い光を放った。


「アクア・サンクチュアリ――!!」


 頭に思い浮かんだその呪文と同時に、ルーナの体から溢れた光が渦を描き、アルスを包み込む。

 水の膜が炎を押し返し、焦げた傷を癒していく。


『ルーナ……!』

「そうよ、アルス! 立って! わたしたちは――まだ終わってない!」


 炎と水、絶対に交わらぬはずの二つの力が、いま一つの心で溶け合っていった。

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