解き放たれたドラゴンの炎
ルーナがアルスを抱きしめていたその時、地上の階段から怒号が響いた。
「王都騎士団だ! 全員、武器を捨てろ!!」
重装備の騎士たちが雪崩れ込み、黒牙商会の構成員たちは次々と取り押さえられていく。
ヴァイゼンも、抵抗する間もなく地に膝をつかされた。
「ば、馬鹿な……どうして……!?」
「闇オークションの情報はすべて把握済みだ。お前たちの終わりだ、ヴァイゼン・クローフ」
バルト団長が前に進み、冷ややかに告げた。
だが――その喧騒の中、誰も気づかぬまま、一人の白衣の影が暗い通路をすり抜けていった。
「……やれやれ、ヴァイゼン様も随分と派手にやらかしたものね」
シグナ・レミリアは、割れた試験管を拾い上げ、薄く笑う。
「でも……これでいいわ。データは、すでにこちらで回収してありますから」
白衣の裾を翻し、彼女は夜霧の中へと姿を消した。
鎖が床を叩く音が、静寂を破る。
ルーナは胸の奥でようやく息を吐いた。
「……終わったのね」
けれど、ヴァイゼンの笑い声はその安堵を踏みにじるように響いた。
「ククク……」
「何がおかしい?」
ヴァイゼンの薄汚れた目には、狂気の光が宿っていた。
「終わりだと? ……笑わせてくれる。貴様らごときが、この私の研究を葬れると思うか!」
叫びと共に、ヴァイゼンが懐から赤い魔石を取り出す。
それは魔物を強制召喚する触媒だった。
「ははは! この会場もろとも焼き尽くされるがいい!!」
ヴァイゼンが触媒の魔石に魔力を通すと、オークション会場の床に巨大な魔法陣が展開される。
「これは……!?」
「お嬢様、嫌な予感がします。こちらをお飲みになってすぐに離れましょう!」
ナミが懐から取り出したのは、白銀に輝く小瓶だった。
最上級ポーション、どんな傷でも一瞬にして治癒する、最高級の傷薬である。
「ナミ……あなた、それをどこで……? いえ、そんなことはどうでもいいわ」
ナミに最上級ポーションを投与されると、ルーナの身体から痛みがたちまち消えてなくなった。
「これで立てますね?」
「ええ。ありがとう、ナミ。――アルスも行くわよ」
『う、うん』
キョトンとするアルスも連れて、ルーナたちがこの場から離れた直後。
赤い魔石が砕け散り、地の底から耳を裂く咆哮が響き渡った。
魔法陣の縁が灼熱の赤に染まり、吹き上がる熱風が肌を焼く。
光と炎が渦を巻き、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
「グゥワアアアアアアア!!」
地を割るような咆哮が、オークション会場を震わせる。
「あれは、レッドドレイク! まさかあのようなとてつもない魔物まで隠し持っていたとは……!」
愕然としたナミは、ルーナの手を引いて会場の出口へと駆け出した。
それと同時だった、レッドドレイクが口から火を吹いて会場を焼き払ったのである。
間一髪で火の手を逃れたルーナたちは、地上でニッケたちと合流した。
「ルーナさん! 無事にアルスを取り戻せたんですね!」
「――説明は後です、早くこの場を――」
ナミがそう伝えた直後、地面が爆発して巨大な影が上がってくる。
「ガルルルルル……!」
「そんな、あれって三ツ星ハンターが束になっても敵わないレッドドレイクだよ……!」
レッドドレイクを前に、ベルは顔面蒼白。
「グゥワアアアアア!!」
轟く咆哮に、ルーナたちはそれだけで気圧されてしまう。
そしてレッドドレイクは四方八方に火炎を吹いた。
鐘が絶望のように鳴り響き、逃げ惑う人々の叫びが重なった。
炎が風を巻き上げ、王都の空は血のように赤く染まっていく。
そんな中でニッケが慌ただしく言った。
「逃げましょう! あんなの、ウチらじゃどうしようもありません!」
――かつては足がすくんだ。
だが今は違う。守るべきものがある限り、怖れてはいけない――。
「逃げるですって? 違うわ――守るの。この王都は、わたしたちが笑って歩いた街なのよ!」
「ルーナさん……!」
「――事態はさらに悪化しています、どうやら黒牙商会の抱えていた残りの魔物も混乱に乗じて暴れているようです」
「なんですって……!?」
ナミの言うとおり、燃える王都でレッドドレイク以外の魔物たちまでもが破壊衝動のままに暴れ狂っているのだ。
突入に参加しなかった騎士団も、その対応に追われているようである。
「――ナミ、あなたはニッケたちと一緒に王都のみんなを守って!」
「ちょっと待って、ルーナちゃん! あなたはどうするつもりなの……!?」
「わたしは、アルスと力を合わせてあのレッドドレイクを止めるわ!」
おののくベルの問いかけに毅然と答えるルーナ。
「無茶です、ルーナさん! いくらアルスの力があってもレッドドレイク相手じゃ……!」
無謀にも死地へ向かおうとする彼女を、ニッケが止めようとするところを、ナミが言い添える。
「今はお嬢様たちを信じましょう」
「ナミさん! あなたはルーナさんが心配じゃないんですか!?」
「――心配に決まってるじゃないですか! これ以上になく!!」
今までになく感情を吐露したナミに、ニッケはハッとさせられる。
「……しかし、ああなったお嬢様は誰にも止められないことも、わたくしはよく知っております」
「ナミさん……」
血が滲む程に固く唇を噛み締めるナミに、ニッケは言葉を失った。
「アルス、あなたはいけるわよね!?」
『もちろん! ぼくはいつだってルーナといっしょなんだ!!』
「こんなときにも頼もしい限りだわ、それでこそ最高の相棒よ」
アルスと目配せをして、ルーナは猛り狂うレッドドレイクをぎっとにらみつける。
「あなたの相手は、このわたしたちよ!!」




